第3話 アゾット
歴史に名を残す、十七人の
そんな彼らが――正気かどうかはともかく――本気で人類を滅ぼそうと思って作った『錬金兵器』。
それが彼女、ゴーレムのエル・ドラドだ。
伝説のサタンやドラゴンなんて目じゃない。
滅世の化身、人類史上最大の脅威、まごうことなき終末の御使いだ。
でも、まあ、
「伝説の大錬金術師たちがその技術の粋を集めて残した最後の作品――正直、興味が尽きないよ」
「……状況が正しく理解できていないようですね」
エルは相変わらず感情の読めない声音で言った。
さっき生き返ってみせた時の動揺は、すでにない。
「さすがに驚きましたが……しかしペルナート様、おそらくあなた完全な不老不死ではありませんね?」
「うん、さっきも言った通り人よりほんの少しだけ死ににくいだけだよ、不老の方はなんとかなったけど、不死はなかなかね」
師匠もそうだった。
寿命を伸ばすことは比較的容易い。
不老の術も……まあ、頑張れば割となんとかなる。
しかしどうしても不死の壁が厚い。錬金術師たちの永遠の課題であった。
……まあ、結局誰もその課題を解決できなかったから残ってるのがぼくだけなんだけど。
「ぼくの復活は有限だ、体内のエーテル量に依存する」
――エーテル。
錬金術師の力の源となる神秘のエネルギー、世界を作り変える力。
錬金術師たちはこのエネルギーを利用して様々な業を使うわけだけれど、ぼくは体内に『身体を作り直せるだけのエーテル』が残っている限り、何度でも再生し、復活することができる。
しかし裏を返せば……、
「エーテルが尽きたらそれまでさ、普通に何回か殺されればちゃんと死ぬよ」
「……簡単に言いますね。殺されても蘇るなんておそらく錬金術史上……いえ人類史上初ですよ?」
そうなんだ? それはちょっと誇らしいな。
「しかしまあ、それだけです。わたくしの至上命令遂行にはなんの影響もありません、復活できなくなるまで殺すだけなので」
「でしょうね」
ぬか喜びだった。
怖いなあ本当に。脅しとかじゃなくて本気なんだもん。
「……念のため聞きますがペルナート様、本当にわたくしの邪魔をするのですか? 今からでも撤回すればわたくしはあなた様への攻撃をやめることができるのですが」
「悪いけどムリだね」
「そうですか、では殺すしかありません」
物騒だなあもう。
でもこちらにだって勝機はある。
「わたくしの、額の文字でしょう?」
こちらの思考を先読みしたように、エルは自らの額に刻まれた「emeth」の文字を指す。
……おおっと。
「力技でわたくしを破壊することは不可能、ならばここを狙うしかありません。ゴーレムに備わった緊急停止装置、それがこの額の文字です。額に刻まれた頭文字の『e』を消された時、わたくしは速やかに自壊する仕組みとなっております」
「……いいの? 自分で弱点を喋って」
「どうせ並の錬金術師なら誰でも知っていることです。それに消せるものなら、どうぞご自由に」
彼女は自らの胸に手を当てて、唱える。
「――フラスコ・エンジン起動」
エルの胸元が淡く光って、ただでさえバカげたエーテル量が更に膨れ上がった。
「うわうわうわ、なにこのエーテル量」
上がる上がる、まだ上がる。
あんな小さな身体に神話生物並のエーテルがギチギチに詰まっている。まるで世界の法則そのものだって作り変えてしまいそうな――
「
彼女が唱えると、地面がぼごんぼごんと盛り上がって――おそらくは地中で精製されたものであろう短剣が次々現れる。
あれは――アゾット。
かつては錬金術師パラケルススが所有したされる「始まりと終わり」を意味する剣。
ぼごん、ぼごん、ぼごん!
十本、二十本、四十本、まだ増える。
待って待って、さすがのパラケルススだってそんなには持ってなかったと思うんですけど……。
六十本を超えたところで、数えるのをやめた。
無尽蔵のエーテルで精製した無数の短剣、エルはそれを、
「とりあえず百回ほど殺してみましょう」
一本残らず、射出してきた。
「……贅沢なエーテルの使い方だなぁ」
呑気に構えるぼくの元へ視界を埋め尽くすほどの短剣の雨が降り注ぐ。
圧倒的物量の広範囲爆撃、回避も間に合わない。
このまま突っ立っていたらまた死んじゃう、なら――、
「真似しよう」
ぼくは先ほどエルがやったのと同じように手をかざす。
ええと、確かフレーズはこんな感じ。
「
ぼくが唱えると、ぼごぼごぼごっ! と地面が盛り上がって無数の短剣が飛び出す。
剣は折り重なって展開され「盾」となった。
「よし、成功」
「なっ!?」
エルの驚く声は、次の瞬間お互いのアゾットがぶつかり合うすさまじい金属音によってかき消されてしまった。
鼓膜が割れそうなほどの音の嵐。
しばらく経ってようやく爆撃がやみ、やがて静かになる。
よし、防ぎ切った……のは、いいのだけれど。
「ううん、単純だけど消費エーテル量に無駄がありすぎるなぁ、無尽蔵のエーテルにものを言わせた業だ。ただ射出するだけならわざわざ剣の意匠にこだわらなくたって……いや、それはそれで遊び心がないか……」
「……嘘でしょう?」
地面から生えたアゾットの一本を手に取ってぶつぶつ言っていると……エルがぼくの方を見て、ぎょっと目を剥いているのに気が付いた。
まるでオバケでも見たような顔だ。
はて?
「まさかわたくしの業を真似たのですか? 今の一瞬で!? そんなことわたくしにだって……」
「ああごめんごめん、どうしても試してみたくなっちゃって」
ふふ、言われてみれば確かにおかしい。
向こうは本気でぼくを殺そうとしているのに、好奇心に勝てなかった。
理論と実験、失敗と改良。
やっぱり、どこまでいってもぼくは錬金術師なのだ。
人類の存亡をかけた戦いなのに――ワクワクが止まらない。
「エル、次はどんな業を見せてくれるのかな?」
「……っ!? トリスメギストス・エンジン起動!」
「おっ?」
エルの胸元が眩い光を放ち始めた。
と、同時にエルの内包するエーテルが再びすさまじく跳ね上がる。
す、すごいすごい! これは
十倍、二十倍……いや、まだまだ上がる――!
「ペルナート様……! これが本当に、本当に最後の警告です……!」
ほとんど全身が発光体と化したエルが、あふれ出る力を抑え込むように、静かに語り掛けてくる。
「わたくしは正直、あなたを見くびっていました……! 所詮は一介の錬金術師、わたくしの敵ではないと……しかし考えを改めます。あなたは十七人の大錬金術師を超えた歴代最高の錬金術師であり、わたくしの至上命令遂行の、最大の脅威です……!」
「……さすがに褒めすぎじゃないの?」
「だからこそ、わたくしがもてる最高位の錬金術を今から発動します。こればかりはさすがのペルナート様でも防御しようがありません。なので――降伏してください」
「だからそれは……」
ムリだ、そう応えようとしてはっとなった。
今までまったくの無表情に見えたエルの顔が……哀しみの色をたたえていたからだ。
「本当のことを言えば、わたくしは誰も殺したくないのです。しかし書き込まれた至上命令がそうさせてくれません。ならばせめて一人でも殺したくないのです」
「エル……」
「お願いです、降伏してください、わたくしにあなたを殺させないでください、わたくしを一人にしないでください」
それは警告ではなく、懇願だった。
……ゴーレムは確かに人造だ。しかし同時に人間でもある。
人間と同じように笑い、泣き、怒る。
信念があり、思想があり、情があるものだ。
なるほど、やっと合点がいった。
エルのわざとらしいぐらい機械的な振る舞いは、あえて感情を律していただけなのだ。
だったら……、
「なおさら降伏するわけにはいかないな」
……あと最高位の錬金術、ちょっと見てみたいし。
不謹慎すぎるから口には出さないけど。
「ペルナート様……っ」
エルは苦しそうに表情を歪めて……、
しかし自らの至上命令にしたがって、唱えた。
「――
次の瞬間、世界が停止した。
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