第42話 可愛い従妹のためなら(ステュアート視点)




 可愛い従妹のためなら、何だってしてあげられる。だが、本音を言えば恋愛事でセラスと関わるのは面倒なので避けたいことだった。


(イヴのためだ。割り切ろう)


 そう思いながら、王城へ馬車を走らせた。セラスに会いに来たと言えば、すぐに執務室に通してくれる。それだけの仲だと証明されているようなものだが、そこまでの仲になった覚えはないので複雑だ。


「……ステュアート」

「酷い顔だね、セラス」


 扉を開けて早々、どんよりとした男の顔を見ることになった。


「……珍しいな。ステュアートが王城に来るなんて。何か用事があったのか」

「そんなところだよ」


 セラスの為だけに来たと言えば、驚いて言葉を失うだろう。それくらい、僕から王城ないしはセラスに会いに来るのは珍しい事だった。


 幼い頃からずっとフォルノンテ家に押し掛けてきては、アプリコット嬢の相談をし続けてきた。


(……一言で言えば、セラスはヘタレだ)


 婚約者に選ぶほど好意を抱いており、その気持ちは増すばかりなのに、一度も本人に伝えたことがない。


「セラス。酷い顔の原因はアプリコット嬢かな」

「!! ……どうしてわかるんだ」

「それくらいしかないからね」


 若くして公務をこなし、臣下と並んで会議で自分の意見を出す。王子として非常に優秀な人物だが、唯一の欠点が恋愛下手ということだ。


 だから、悩むことは基本的にアプリコット嬢なのだ。

 

 仕事の手を止めたセラスは、僕に座るよう促した。対面して座った瞬間、大きなため息をつかれた。


「……エリーザが、男に言い寄られていたんだ」

「ん?」

「それに嫌がることなく、楽しそうに話してて……あんな微笑み、俺は見せてもらったことはない」

(……それは君がいつまで経っても気持ちを伝えないからだよ)


 うじうじする度に背中を押してきたつもりだ。それなのに結局勇気を出せず、婚約者という関係に甘え、言うべき事を言わなかったのはセラスなのだ。


 これが何年も続けば、あきれて見放したくなるものだろう。


(イヴのためだ)


 ため息をつきながら、念のため慰めることにする。


「色々と聞きたいけど……言い寄られたって、何を話していたのか聞いていたのか?」

「いや……離れて見ていたから」

「それじゃあ言い寄られたか、わからないだろう」

「そう……なのか?」


 話しも聞いていないのに、思い込みで決め付ける。普段のセラスなら絶対に無いことだが、アプリコット嬢が絡むと視野が狭くなるのがセラスの悪い部分だ。


「あと。社交辞令を知らないのかい? アプリコット嬢は公爵令嬢なんだ。人付き合いのために微笑むことだってある」

「だ、だが」

「それに。セラスが微笑んでもらえないのは、セラスの責任だよ」

「うっ……」


 事実だ。何年も笑いかけてもらえないのは、本人に原因がある。それをセラスもわかっているから、落ち込んでしまった。


「……わかってるんだ。俺に非があることくらい」

「それならいい加減勇気を出したらどうだい? ヘタレ王子」

「へ、ヘタレ王子って……! ステュアート、あんまりじゃないか!?」

「そうかい? 何年もこのうじうじした姿を続けるセラスにはお似合いだと思うよ」


 にっこりと微笑めば、セラスはさらに落ち込んでしまった。


「落ち込んでいるところ悪いけど、、今日は伝えたいことがあってきたんだ」

「伝えたいこと? ステュアートが?」

「言いたいことはわかるよ」


 セラスと二人で過ごす上で、僕から話題を提供する回数はほとんどないに等しかった。だから言い出すこと自体、セラスからすらば意外なのだろう。


「僕の従妹がアプリコット嬢と友人でね」

「あぁ……ルイス嬢だろう」

「……どうして知ってるんだい?」

「婚約者の周辺を守るのだって俺の役目だ。エリーザに悪意をもって近付くなら容赦しなかったがーー」

「うちのイヴはそんなことしないからね?」

「わ、わかった。すまない」


 イヴに関して文句を付けられた気がして、気分が悪くなる。思わずセラスを睨めば、彼は顔をひきつらせた。


「ま、まぁステュアート。俺はエリーザとルイス嬢が仲良くしているのを知っているとだけ伝えさせてくれ」

「……それなら今から話すことを受け止めてくれると思うよ」

「え?」


 キョトンとした顔になるセラスに、考える暇も与えないくらいの間で話し始めた。


「セラス。君、先日変な子に言い寄られたりしなかったかい?」

「変な子……?」

「名前はリスター子爵令嬢。この名に聞き覚えは」

「どうしてそれをステュアートが」

「イヴに教えてもらったんだよ。イヴはアプリコット嬢から聞いたと言っていたけどね」

「エリーザが!?」


 イヴによれば、アプリコット嬢はその場面を見て気に病んでいたとのことだ。


「見られてまずい光景だったのかい?」

「いや、それは……」

「真偽はわからないが、アプリコット嬢はそれを目にして落ち込んでいたようだよ。今日のセラスみたいにね」

「えっ……?」


 イヴの話から繋げれば、セラスとアプリコット嬢は両思いだ。お互いがわかっていないという、悲しい状況だが。


「セラス。これが現実だよ。よく考えてごらん」

「ま、待ってくれステュアート。それはまるでエリーザが……」


 混乱するセラスを置いて、役目を果たした僕は立ち上がった。


「セラス。僕が嘘をつかないのは、よくわかっているだろう?」

「いや、そうなんだが」


 最後に微笑むと、応援する言葉を掛けた。


「そろそろ覚悟を決めるんだよ、セラス。本当に大切なものを失いたくないならね」

「…………」


 頑張れとは言わずに、最後に背中を押して、イヴの頼まれ事を終えるのだった。


 


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