第41話 本音を教えてください



「ジョシュア、貴方天才よ!」

「え? よくわからないけど、姉様から言われるなら嬉しいよ」


 ジョシュアからの一言で、私の中の不安は一気に吹き飛んだ。ダメ元でも良いので、セラフィス殿下にエリーザ様が不安がっていることを伝えてほしいとステュアートお兄様に言うと、快く承諾してもらえるのだった。


(お母様とお父様以上に厄介で面倒なすれ違いは存在しないわ!!)


 そう思うと、エリーザ様とセラフィス殿下のすれ違いは可愛く見えてきた。そして、お母様がどのようにすれ違いを無くしたのかを思い出すと、もう解決策は浮かんでいた。


「健闘を祈るよイヴ。僕も自分にできることを尽くすから」

「お願いします!」


 この言葉を最後に、私達はルイス侯爵家に帰宅するのだった。




 そして翌日、さっそく私はエリーザ様を見つけると、物凄い勢いで近付くのだった。


「エリーザさん!」

「イ、イヴェットさん。どうしたの?」


 耳元で重要なことを伝える。


「実は昨日、図書室でセラフィス殿下に遭遇しました」

「えっ!!」


 珍しく大きな声で反応するエリーザ様。視線を集めた瞬間、私の手を取って教室から出た。


「ごめんなさい、大きな声を出してしまって」

「いえ、私の話が突然でしたので。すみません、驚かせてしまって」


 ふるふると首を振るエリーザ様。


「……それでその。セラフィス殿下とお話ししたのかしら」

「まさか。調査ですから、じっと観察していただけですよ。……授業始まるまで時間がありますよね?」

「えぇ、あるけど……」

「それなら見ていただきたいものが」

「えっ?」


 そう言うと、私はエリーザ様を図書室へと連れ出した。


「セラフィス殿下は、あそこに立っておられました」

「あの窓際に?」

「はい。あの窓から、下の景色を眺めていらしたんです。眺める、というよりも見守る、ですかね」

「見守る……」


 いまいちピンと来ていないエリーザ様の手を引いて、窓際まで案内した。


「はい。下にいた方を見ていらしたんです。その表情は、微笑んだかと思えば悲しそうな顔をして。最後には不機嫌でいらして」

「で、殿下が!? 一体何を見たの……!!」


 驚いたエリーザ様は、そのまま窓際へと一気に近付いた。


「……停留場?」

「はい。停留場です」

「ここで昨日、何かあったの?」

「少なくとも殿下にとっては、あったみたいです」

「……」

「エリーザさん。昨日、この停留場におられましたよね?」

「私、殿下を怒らせてしまったのかしら? そんなことをした記憶はないのだけど」


 焦り始めるエリーザ様。やはり自分が想われているとは、微塵も思っていないようだ。


「昨日、停留場でどなたかとお話ししませんでしたか?」

「お話……ジョシュアさんとはしたけれど」

「その様子を、殿下は見られていたようです」

「わ、わたくし、イヴェットさんがどこにいるのか聞かれて、答えただけよ? 怒られるようなことは……」


 途端に不安になるエリーザ様に、少しずつ答えを紐解いていく。


「エリーザさん。不機嫌と言われると、確かに怒っている様子が思い浮かぶと思いますが、他にもあると思います。何かありませんか、思い浮かぶものは」

「えっ……殿下が私に対して向ける視線、よね……。呆れ、かしら」

「……なるほど」


 どうしても負の感情が浮かんでしまうエリーザ様。


「私は自分の目で見たからこそ言うのですが、あの眼差しは嫉妬です」

「……………………え?」

「嫉妬です」


 初めて聞いたような顔になるエリーザ様。そして、あり得ないという引きつった顔へと変化する。


「何が言いたいのかはわかります。あり得ない、そう仰るところでしたよね?」

「そ、そうよ。だって……本当にあり得ないのだもの」

「どうしてあり得ないと決め付けるのですか?」

「それは……私達は政略結婚だから」


 以前、推し活を提案する時にも似たようなことを聞いた。今改めて話しを聞くと、政略結婚だから愛してはいけないと、エリーザ様は思考を固定しているようにしか思えない。

 

「政略結婚だから、恋愛をしてはいけないのでしょうか」

「……そうよ。だって目的が違うもの」

「そんなことはないはずです。エリーザさん。婚約者のことを想ってはいけないなど、おかしな話は存在しません」

「わたくしは……王子妃なの。だからこそ、一線を大切にしてーー」

「だとしても。エリーザさんが幸せになる権利はあります」

「!!」


 エリーザ様がご自身の立場を大切にしていることは重々承知だ。でも私が聞きたいのは、そんな立場で邪魔された言葉じゃない。エリーザ様の本音だった。


「エリーザ様。以前仰られましたね。自分の気持ちは伝えなくて良いと。今でもそうですか?」

「……もちろんよ」


 はっきりと答えられたが、表情には苦しさが残っていた。


「では。リスター嬢に殿下を取られても後悔されませんか?」

「それはっ……!!」

「本当はお嫌、ですよね」

「……」

「その気持ちも含めて、セラフ殿下にお伝えしましょう」

「イヴェットさん、それは……わたくしにはできないわ」


 不安げな声を出すエリーザ様に、にっこりと微笑んだ。


「……エリーザさん。私のお母様も想いを伝えるのを躊躇っておられました。上手く伝わらない。そう考えていらしたから」

「……わたくしもよ。……わたくし、殿下の前に立つと緊張して、自分が自分じゃなくなってしまうの」


 だからきっと、上手く伝えられない。そうエリーザ様は断言する。


(やっと、本音が聞けた)


 微笑みから口角をさらにあげて、にっこりと笑う。


「よかった。伝えてみたいという気持ちはおありみたいですね」

「あっ。そ、それはっ」


 戸惑うエリーザ様の手を取った。


「大丈夫ですエリーザさん。大量のお守りを持っていけば」

「お守り……?」


 何だかわからない様子のエリーザ様に、私はお守りの詳細を伝えるのだった。



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