第39話 殿下が見ていたもの


 続けてジョシュアにエリーザ様の不安を取り除くために調査を始めたこと、そして運よく殿下を図書室で見かけて観察していた話をした。


「調査……姉様らしいね」

「それは褒め言葉なの……?」

「もちろん」


 私らしいかわからず思わず疑問符を浮かべてしまった。けれど、間違いないという様子で即答されると、不思議と嬉しくなるのだった。


「それで、観察してみてどうだった?」

「ずっと窓から停留場を見ていたの。そこにエリーザ様がいたのなら、エリーザ様を見ていたのかと思って」

「僕もそう思うよ。それ以外、特に停留場は何もなかったから。殿下の目を惹きつけるようなものと言えば、エリーザ様くらいじゃないかな」

「そうよね……」


 エリーザ様を見守っているのだとしたら、これ以上嬉しいことはない。


「停留場を見ていたんだよね……なるほど」

「なるほど?」


 何かに納得のいったジョシュア。


「図書室から殿下が出てきたから、挨拶をしたんだ」

「挨拶を」


 まさかジョシュアが遭遇していたとは驚いた。


「挨拶、って言っても止まって頭を下げるだけだよ。……なんだけど、心なしか笑顔で睨まれた気がして」

「に、睨まれたの?」

「ほんの一瞬、そんな気がしたってだけだよ」


 一体ジョシュアが何をしたというのか。不安になりながら話を聞けば、ジョシュアは疑問を尋ねた。


「殿下は停留場をみていたんだよね。どんな表情だったの?」

「えぇ。微笑んだかと思えば、どこか寂しそうな顔をしていらして」

「もしかして、その時から不機嫌じゃなかった?」

「どうしてわかるの!? そうなの。何だか怒っているような、そんな感じの目線で」


 このことはまだジョシュアには話していないはずなのに、何故かジョシュアは殿下の表情を当ててみせた。


「停留場で一体何があったの?」

「アプリコット様と僕が話したんだ」

「…………?」

「これは姉様からすれば、何もおかしくないと思うけど、殿下から見たらそうじゃないよね」

「…………知らない男が婚約者に近付いている」

「そう。だから僕は殿下に牽制されたんだと思うよ」


 ジョシュアの推察は綺麗なものだった。ただそれは、一つの前提条件がないと成立しない。


「……まるで、殿下がエリーザ様のことを好きみたいね」

「好きなんじゃないの?」


 この問いは、エリーザ様であれば「違う」と断言したことだろう。彼女は自分の婚約はあくまでも政略的なものだと思い込んでいるから。だけどそれは、あくまでもエリーザ様視点のものだった。


「……わからないの。私はあくまでもエリーザ様の話しか聞いたことがないから。セラフィス殿下とは面識がないから、何も知らないに等しいし」

「そっか……」


 エリーザ様の不安を解決するには、セラフィス殿下の考えを知る必要があった。しかし、そんな手段が果たしてあるのだろうか。


「姉様ってこの後時間ある?」

「え? えぇ。あるけれど」

「それなら、セラフィス殿下のことがわかる人に会いに行こうよ」

「……ジョシュア、貴方伝手があるの?」

「伝手って言うほどでもない気が」

「行くわ! 是非その方に会わせてちょうだい」

「じゃあ、寄り道して帰ろう」


 私の知らないところで、まさか伝手を作っていたとは。感心しながら、ジョシュアは目的地の変更を御者に伝えるのだった。


 目的地までの道中、私は勝手に、伝手はジョシュアが頑張って作った友人なのだろうと思っていた。


(人見知りだった子が、こんなにも成長したのね)


 しみじみと思っていたのも束の間で、到着したのは見覚えのある屋敷だった。


「……フォルノンテ公爵邸」


 そこはお母様のご実家でもある、フォルノンテ公爵邸。


「ジョシュア、貴方の伝手って」

「もちろん、ステュアート兄様だけど」

「そ、そうなのね」


 勝手に勘違いをしてしまったようで、どこか恥ずかしくなる。馬車が屋敷の玄関に向かう間、ジョシュアが説明をしてくれた。


「ステュアート兄様は殿下と親交があるはずだから」

「でも同い年じゃないわよね? 側近でもないんじゃ」

「幼い頃は遊び相手になってたんだって。今交流があるかはわからないけど、殿下とアプリコット様の婚約は幼少期からだよね? 何か知っているんじゃないかな」

「そうだったのね……」


 私の知らぬ間にジョシュアがステュアートお兄様と仲良くなっていたのは知っていたが、今聞いた話は初耳だった。


 驚くあまり、馬車から出た瞬間重要なことに気が付くのだった。


「はっ! というか事前に何も伝えてないのに、突然来たら迷惑じゃない!」

「……むしろ歓迎されると思うけど」

「親しき中にも礼儀ありよジョシュア。謝罪して帰らないと――」

「イヴは固いなぁ。僕達は親しいを通り越して家族なんだから、気にすることないのに」

「ステュアートお兄様!」


 突如背後から現れたお兄様に、びっくりして固まってしまう。


「ステュアート兄様。姉様を驚かさないでください」


 ジョシュアに両肩を支えられながら、さっと引き寄せられる。


「ごめんね? 部屋から馬車が見えたから嬉しくて待機してたんだ」


 にこにこと楽しそうに語るお兄様。どうやらお変わりないようだ。


「さ、風邪をひく前に屋敷に入って。話は温かいものを飲んでからにしようか」


 ステュアートお兄様の案内の元、私達はフォルノンテ公爵邸にお邪魔することになったのだった。

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