第37話 ご令嬢による張り込みです
調査というよりは観察のようなものだ。落ち着きを取り戻したエリーザ様は、その調査をすると決断した。そして、セラフィス殿下の登校日である明日から、観察を開始することになった。
翌日のお昼休み、令嬢らしからぬ早弁を済ませると正門が見える場所まで移動した。
「セラフィス殿下は、午後の授業中から出席されることが多いの。他にも放課後にいらっしゃることがあって」
(それなら以前遭遇したな)
颯爽と歩いていく姿は、遠目からみても品の溢れるものがあったのを覚えている。
「さすがに登校時間まではわからなかったから、お昼の間にいらっしゃるかはわからないわ」
「いいですね。張り込みみたいで、調査感が増して」
「……イヴェットさんが楽しんでくれるのなら良かった」
(牛乳とあんぱんがあればより増します)
エリーザ様は、無駄な時間を過ごしてしまうことに対して不安そうな顔をしていた。
「提案者は私ですから、二人で頑張りましょう」
「……ありがとう、イヴェットさん」
ひとまず馬車が来る気配はなかったので、エリーザ様の恋愛事情を探ることにした。推し活の話は毎日のように耳にしていたが、実際殿下自体をどう見ているのかは知らなかったのだ。
「エリーザ様から見た、セラフィス殿下はどのような方ですか? 私はお話ししたこともないので想像がつかなくて」
「王子として優秀なのはもちろん、幼い頃から自分の考えをしっかりと持っていらっしゃるお方よ。わたくしとの婚約は、殿下が九歳の頃に決まったのだけれど、ご自身の意思で決断されたと聞いたわ」
「……ご自身の意思で」
復唱すれば、エリーザ様は力強く頷いた。
「えぇ。幼い頃からご自分の立ち位置や、政治的勢力を理解しておられた上でのご決断よ。アプリコット家を後ろ楯につければ、王位を継ぐのは確実ですもの」
「……それは、本人がそう仰られたんてすか?」
「まさか。わたくしに向かって、後ろ楯になれだなんて品のないことは言わないわよ。けれど、状況的に見て明らかですもの」
「明らか……」
果たしてそうだろうか。
アルヴェンテ王国には、セラフィス殿下他に六歳年の離れた弟の第二王子がいらっしゃる。王位を継ぐのはセラフィス殿下でほぼ確定しており、それは婚約が結ばれた時から言われていたはずだ。
確かに、貴族を味方につけるという点ではアプリコット公爵家の支持は大きい。だが、他の侯爵家の令嬢でも問題はないはずだ。
「だからこそわたくしは、セラフィス殿下の支えに自分でもなれるよう、努力をしてたのだけれど……」
しゅんと落ち込む様子が見えた。
「……わたくし達はあくまで政略結婚だから。求めてはいけないのは理解しているわ。でもわたくしは、あんな風に……リスター嬢のように、自然に笑いかけていただいたことがないから。少し羨ましいと思ってしまったわ」
まるでその感情がいけないことだと言いたげな様子だった。
「いいじゃないですか、羨ましく思っても」
「えっ」
「エリーザ様は婚約者なんですから。羨ましく思う権利はあります」
「確かに……心に秘めておくくらいは許されるわよね」
推し活を教えた時と似たような雰囲気が表れ始めた。
(……でも、それも形にすればいいんですよ。とは言えない)
羨ましいと言う感情は、エリーザ様の中では負に捉えられている気がしたから。暗くなりかけた雰囲気を立ち切るように話題を変えた。
「……最近は、何か作られているんですか?」
「そうだわ、わたくし実はそのお話しがしたくて……!」
(良かった。推し活のモチベーションは下がってないみたい)
どうやら羨ましいという想いも、結局は“好き”という気持ちに帰結した様子だった。
「実は、わたくしもそろそろぬいぐるみ作りに挑戦しようかと思って」
「いいですね!」
一転した雰囲気のまま、ぬいぐるみ作りに関する助言をした。そのまま時間が経ったものの、残念なことにセラフィス殿下は現れなかった。
「……どうやら今日は放課後みたいね」
「そうですね。いらっしゃる気配がしませんね」
「ごめんなさいイヴェットさん。放課後は王子妃教育があって」
「構いませんよ。また別日にしましょう」
もう教わることなどないように見えるエリーザ様だが、今は実践的なことを学んでいるのだとか。公務に関することもあり、詳しくは言えないという話を聞くと、エリーザ様の優秀さが伝わってきた。
調査初日から成果が出るとは思っていなかったが、実際何もないと少しは落ち込むものだ。次こそはと願いながら、今日は解散したのだった。
(今日も私のクラスが先に終わったわ)
ジョシュアのクラスを待つこともあり、図書室に寄ることにした。
(私は前世の記憶があるけれど、エリーザ様からすれば初めてよね)
ぬいぐるみを作る本がないか、探しに来たのだった。図書室の中に入ると、思わぬ人物を見つけてしまった
(……えっ。あそこにいるのって)
そこにいたのは、窓の外を眺めるセラフィス殿下だった。
◇◆◇◆
いつも本小説をお読みいただき誠にありがとうございます。実は本日、新連載を開始致しました。
【英雄侯爵様の初恋を奪ったのは優しい暗殺者でした。
~恋愛対象は「俺より強い人」という無理難題に当てはまり、追いかけ回されています~】
こちらを投稿し始めました。よろしくお願いいたします。
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