第36話 悪役令嬢にはさせません!


 悲しみに暮れるエリーザ様の話を聞こうと、お昼は人気の少ない場所を選んだ。授業中もどんよりとした雰囲気を隣から感じていたため、かなり心配していた。


 対面してみると、かなり落ち込んだ様子だった。

「……お話を聞かせてくださいませんか」

「最近、セルフィス殿下とリスター嬢の仲が良いという噂や、実は恋仲だという噂を聞いていたの。でも、噂は噂に過ぎないことは、わたくし自身がよくわかっていたから、気にしないようにしていたのよ」

「そんな噂が……」


 もしかしたら、私がジョシュアとの一件で落ち込んでいる時に既に噂を耳にしていたのかもしれない。

 そう思うと、気が付けなかったことに対する申し訳なさが込み上げてきた。


「イヴェットさんは知らないと思うわ。わたくしも本当に、つい最近知ったの」

「そうなんですね」

(こんな時まで気遣ってくださるのは、エリーザ様が本当にお優しい証拠よ)


 つい最近であれば、こんなに落ち込む理由がない。知った後に何かあったからこそ、こんなに悲しそうな顔をしているのだ。


「それに、この手の噂は初めてではないの。他の王子妃候補の方を殿下が想っているという、根も葉もない噂も流れたくらいだから」

「エリーザさんはお強いですね」

「ありがとう、イヴェットさん。……いつもは噂だと割り切れたの」


 目線が下がるエリーザ様は、落ち込む原因となったことを話し始めた。


「昨日の放課後、殿下がリスター嬢と一緒にいるところを見つけてしまって。一度ならそういうこともあると気にしないのだけれど……何だかとても親密そうで」

「親密ですか……具体的にはどんな様子だったんですか?」


 確かに、遭遇した場面が親密そうなら二人には何かしら関係があると考えてしまうものだ。


「談笑されているようだったわ。遠くから見ただけで、内容まではわからないのだけど。……わたくしと話す時よりも、明らかに距離が近くて」

「距離が近い……それは、どちらから近付いているとかわかりますか?」


 思い出されたのはジョシュアとの一件。嫌がるジョシュアに、これでもかというほど近付いて積極的に話をしに行っていた。この前例があるので、距離が近いだけではあまり判断ができない。


「話の始まりを見ていないからわからないわ。……ただ、セラフィス殿下が去り際リスター嬢にこれでもないかというほど近付かれて」

「これでもないかというほど?」

「……耳元でささやいて笑っていたの」

「!」


 エリーザ様が見たセラフィス殿下は、間違いなく自分から耳元に顔を近付けたと言う。


「終始楽しそうに話されていたの。……だから、噂は本当な気がして」

「エリーザ様……」

「わたくしは噂なんて普段気に止めないし、あまり信じていないの。だからこそ自分で見たものを大切にしてるのだけれど……」


 ぎゅっとエリーザ様の肩に力が入るのがわかった。


(ジョシュアの時は、ジョシュアが最大限拒否をしていたけど……セラフィス殿下は何を考えている人なのかしら)


 セラフィス殿下についてわからない以上、噂に関しては何も触れられなかった。


「わたくしでさえ……あんなに近い距離で話せたことはないわ」


 励ます言葉はいくらでも浮かんだ。しかし、そんなことはないと言っても根拠はないし、エリーザ様こそ愛されてると言ってもセラフィス殿下の気持ちは知り得ない。


 エリーザ様が噂を嫌うお方なら、嘘だって嫌いの筈だ。だからこそ今私にできるのは、助言するのみ。


「エリーザ様。もしかしたら、耳に付いたゴミを教えようとしたかもしれませんよ」

「そんなことーー」

「あり得ない、とは断言できませんよね。エリーザ様はお話を聞いた訳ではないのだから」

「それは……」


 あくまでも優しい声色で、笑みを浮かべながら伝えていく。


「はたまたひきつり笑顔だった可能性だって考えられませんか?」

「いつもと変わらない……それ以上に素敵な笑顔だったと思うけれど」

(多分ですが、何か強烈なフィルターかかってませんかね)


 私からすれば、優秀と名高いセラフィス殿下があのリスター嬢のアタックにそう簡単になびくとは思えない。


「エリーザ様から見た真実は、セラフィス殿下とリスター嬢が近距離で話しており、去り際殿下が耳元でささやいたということですよね」

「そうね……」

「ですが事実が異なる可能性は大いにあり得ますよね。何せ一番大切な内容をお聞きしてないのですから」

「……まだ希望はあるのかしら」


 切実な瞳が私を見つめていた。


「かなりあります」

「!!」

「……なので、解明しに行きましょう」

「解明?」

「事実を知らないと、前に進めないので」


 にっこりと笑みを強めれば、エリーザ様のまとう雰囲気は悲しみから動揺へと変化していた。


「でも……知るってどうやって」

「本当であれば、セラフィス殿下にお聞きするのが一番かと思うのですが」

「!!」


 目を見開くエリーザ様の反応が可愛らしくて、思わず気の抜けた笑みがこぼれてしまう。


「さすがにそれは難易度が高いので」


 ただ、このやり方が一番悪手であることを私はよく知っている。


 乙女ゲームのエリーザ・アプリコットは、ヒロインとの仲が深まった殿下に対して強烈な勢いで問い詰めるのだ。


 これが起点かはわからないが、殿下とエリーザの仲が悪くなったのは確かだった。


 だからこそ、似たような道はたどらずに行く。


「こっそり調査してみましょう。二人の仲を」



 

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