第42話 無傷では済まないでしょう




 無事、お母様とお父様の仲が進展した。


 今までの生活がまるで嘘かと思う程に、二人の距離は一気に縮まった。それを屋敷中が微笑ましく見守っていた。


(今が新婚と言っても過言ではないわね)


 これからは二人の時間が増えることだろう。少し寂しくもなるものの、お母様の願いが叶ったことは凄く喜ばしい。

 

 ちなみに、あの日盗み聞きしていたことはお咎めなしだった。それどころか、私とジョシュアは両親に感謝される結果となった。


 幸せそうな二人を見れて、私は凄く満足していた。

  



 お茶会の開催に関して許可をもらえたお母様は、お父様との時間を過ごしながら着々と準備を進めていた。


 私と過ごす時間は減ることだろうと思っていたのだが、不思議とお母様と過ごす時間は減らなかった。というよりむしろ増えていった。


 最初はお父様の時間を邪魔してはいけないと思い、お母様の部屋を訪問するのを控えたのだが「イヴちゃんどうしたの! 体調でも悪いの!?」と、今度は私の部屋に突撃訪問をするようになっていた。

 

 それとなく邪魔をしない思いを伝えれば「私はイヴちゃんと過ごす時間も大切なのよ。それに、娘にそこまで気を遣わせたくないわ」と断言され、今度はお母様が私の部屋へ頻繁に訪れるようになったのだった。


 そしてお茶会が近付いたある日のこと。今日は久しぶりに、私がお母様の部屋を訪れていた。


「うぅ……早くお茶会を済ませて推し活したいわ」 

「もう少しの辛抱ですよ、お母様。それにお茶会の後はパーティーがありますから」


 向かい合って座るお母様は、どこか疲労気味にため息をついた。


「……そうだわ、気を引き締めないと」


 てっきり想い合い、目的を達成したお母様は推し活を卒業されるものだと思っていた。しかし、意外にも続けたいと本人から伝えられたのだった。


 なんでも「イヴちゃんと推し活をしてきて凄く楽しかったもの。こんなに楽しくて、夢中になれること、辞めるなんて考えられないわ」とのことだった。


 それを聞いた時は、嬉しすぎて思わずお母様に抱きついてしまった。これからも私達の推し活は続くことになったのだった。


 お母様が気合いを入れたところで、部屋の扉がノックされた。


「奥様、お嬢様」

「あら、トーマス」

「お疲れ様です」

「お茶会の招待状に関する返事が届きました」

「ありがとう」


 そう言うと、トーマスはテーブルの上に運んでくれた。


 この前のお茶会に参加したご夫人方のほとんどを招待したため、返ってきた返事の手紙の数はかなり多いものだった。


 お母様はどこか緊張した面持ちで、一枚一枚丁寧に手紙を読み始めた。


(このお茶会にはキャロライン様はもちろん、あのテーブルに座っていた元ご友人も招待されていないのよね)


 正直お母様の初のお茶会となれば、どう足掻いてもキャロライン様の耳には届きそうに感じていた。


(当日……大丈夫かしら)


 一抹の不安を抱いていると、お母様は少し震えた声で私の名前を呼んだ。


「イヴちゃん……」

「どうされましたか?」

「……皆様、いらっしゃるって」

「良かったですね」

「本当に、言葉通り皆様なの!! 全員出席のお返事で……け、欠席が一人もいなくて。……こんなことって」


 お母様は驚きながらも、どこか嬉しそうに、けどやっぱり驚いた様子で状況を整理していた。 


「ど、どうしましょう。私、こんなに多くの方が来てくださるとまでは思ってもなくて」

「やはり、あのオフィーリア様が初めて主催するお茶会には皆様凄く興味あるんですよ」

「そ、そうなのね」

「それに、皆様お母様とたくさんお話ししたいんだと思いますよ。ですから、いつも通り皆様と会話するつもりでお茶会をすればよいかと」


 キャロライン様の作った小さなコミュニティで生きてきたお母様は、やはり女性方の交流に関しては、まだまだ自信が持てないようだった。


「……私も皆様とお話ししたいわ。今さらかもしれないけど、交流の幅を広げてみたくて」

「素晴らしいことだと思いますよ。応援しますね」

「ありがとう、イヴちゃん」


 嬉しそうに手紙の山を見るお母様。


「……明後日はキャロラインも来られないもの。せっかくの機会、楽しまないと」

「……来れない?」


 お母様がこぼした言葉は、“来ない”ではなく“来られない”だった。


「あっ。イヴちゃんにはまだ言ってなかったわね」

「はい……」

「実はお兄様から調査結果を報告されていてね。結論から言うと、デリーナ伯爵はキャロラインの悪事に加担していなかったの」

「ということは……ドレス店はキャロライン様の独断ということですか?」

「えぇ。それでね、どうやらまだ何も知らないようなのよ」

「わぁ……」


 夫であるデリーナ伯爵には何も言わずに、といより隠れてお母様を苦しめていた。陰湿であることは間違いないが、なんとも小賢しいものだろうか。


「それって伯爵からしたら損でしょう? 今後あのドレス店を使わなくなる方も多いでしょうから」

「普通、使わないかと」

「えぇ。だから被害の申し出も兼ねて、勝手ながらにデリーナ伯爵に報告させてもらうのよ。お茶会の当日にね」

「なるほど……!」


 デリーナ伯爵邸で騒ぎになれば少なくとも一日中、キャロライン様は身動きが取れないだろう。どんな弁明をするかはわからないが、お母様は可能な限り証拠付きで報告するとのことだった。


(それにしても冴えてらっしゃるわ、お母様)


 この報告に関しては、伯父様に任せられたのだとか。


 そこまで聞いて、キャロライン様が無傷で済むことはないだろうなと思うのだった。



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