第41話 想い合う幸せ(オフィーリア視点)


 ユーグリット様に想いが届いたのを安心したのも束の間で、まさか求めていた答えが返ってくるとまでは思っていなかった。


 その言葉の一つ一つを飲み込むのには時間がかかったものの、一つ理解するたびにどんどん心が舞い上がっていった。夢を見ているんじゃないかと錯覚するほど、ユーグリット様の言葉は甘いものだった。


 愛しい人から「愛してる」と言われるのは、なんて嬉しいことだろう。


 微笑み合う私達はようやくお互いが好き合っていたことを知った。そして想い合っている事実を目の当たりにしている。


「……私の想いは強いですよ? 負けないと思います」

「いや、私も負けないと思う」

「……引き分けにしますか?」

「それも良い案だな」


 心なしか過去で一番近い距離にユーグリット様を感じていたが、心の中は幸せ一色で染まっていた。ユーグリット様の優しい笑みと視線は、永遠に見ていられた。


「オフィーリア。私達には圧倒的に会話が足りないと思うんだ」

「私もそう思います」

「きっと……今からでも取り返すのは遅くないはずだ」

「私もユーグリット様とたくさんお話したいです……!!」


 自分の意思を伝えることの重要性を、ユーグリット様と話すたびに実感する。私達はソファーに移動した。


「……ユ、ユーグリット様?」

「どうした?」

(き、気づかれていないのかしら……?)


 てっきり向かい合って座ると思っていたので、まさかエスコートされた後にそのまま隣に座るとは思わなかったのだ。先程までの書斎とは状況が大きく変わって、見上げればユーグリット様の微笑みがそこにあるという、数十分前までは信じられない状況になっていた。


「すまない、離れすぎただろうか?」

「えっ」

(ぎゃ、逆ですユーグリット様……! 近すぎるんです!!)


 思えば恋愛事に慣れていなかった私は我に返ってしまい、緊張を取り戻してしまった。


「あまりこういうのは慣れてなくて……変なところがあったら遠慮なくいってほしい」

「いえ! 問題ありませんわ」

(別に離れたいわけではないもの……)


 せっかく想い合っていることがわかったのなら、これくらい近くても普通だろう、なにせ私達は夫婦なのだから。そう思い直すと、頬に恥ずかしさを残しながらもユーグリット様の方を改めて見上げた。


「オフィーリア。……ずっと気になっていたんだが、その」

「はい」

「君が変わったのは、何が影響を与えたんだ……?」

「変わった」


 ユーグリット様にも、私が変わった様子はわかっているようだった。意を決して話そうとすれば、ユーグリット様が恥ずかしそうに言葉を続けた。


「その、不快にさせたらすまない。……書斎に来なくなっただろう? あれが寂しくて」

「!」

「オフィーリアさえ良ければ、これからも来てくれないだろうか。……オフィーリアに一日も会えないのも、声が聞けないのも、私にとっては苦しくて」

「ユーグリット様……ですが、ご迷惑に」


 常識をわきまえた今ならわかる。毎朝仕事場に突撃するのがいかに失礼なことか。


「……それなら、オフィーリアの時間を毎日少しでいいからくれないか? 一緒に過ごす時間がほしいんだ。何も書斎じゃなくていい。オフィーリアに会えればそれで」

「も、もちろんです……!」

「良かった」


 まさかそんな提案をされるとは思いもしなかったので、喜びを噛み締めながら勢いよく返してしまった。


「……あの、ユーグリット様」

「どうした、オフィーリア」

「先程の疑問にお答えしても?」

「あぁ、是非とも聞かせてほしい」


 柔らかな声色で頷くユーグリット様の微笑みは、私の不安を薄めてくれるほど温かな力があった。


 それから私は、キャロラインという友人の話を順序立てて説明した。多少言葉が詰まったり、言語化が難しかったりしても、ユーグリット様は真剣な面持ちで最後まで聞いてくれた。


「私が騙されて、利用されてしまうような人だったことを今でも悔やんでおります。私にもっと知識があれば、こんなことにはならなかったのに……」


 ぎゅっと手に力が嫌でも入ってしまう。


 結果論として、ユーグリット様と想い合えていたことを知れたのは凄く嬉しい。しかし、この事実には本来ならもっと早くたどり着けたと思うと、やるせない気持ちが浮かんでしまうのだ。


 悔しさを感じていると、ユーグリット様はそっと手を取って包み込んでくれた。


「……それだけずっと、オフィーリアは頑張ってくれていたんだな」

「え……」

「確かに普通とはかけ離れているが、オフィーリアが努力を重ねていたことに変わりはないだろう」

「ユーグリット様……」


 どうしてユーグリット様はこんなに優しいのだろう。却って不安になるほど、ユーグリット様の言葉は私の胸に響いていた。


「それに……その間、ずっと好きでいてくれたのが、私は嬉しくて仕方ないんだ」

「ユ、ユーグリット様こそ! どうしてこんなに奇行ばかりだったのに嫌いにならなかったのですか……!」


 嫌われてもおかしくない行動をたくさんしたのに。その言葉を越えに出すより先に、ユーグリット様が恥ずかしそうに微笑む方が先だった。


「嫌いになどならない。……私にとってはどんなオフィーリアも可愛くて、愛おしくて……永遠に傍にいてほしい人だったから」

「そ、それは」

「どんなことをされても、好きが積もっていく日々だったんだ。もちろん今も」

「ユーグリット様」

「今なんて困っているくらいだ」

「困っている……?」

「……オフィーリアが、可愛すぎて」

「!!」


 そう言うユーグリット様は、照れた笑みを浮かべて頬もほんのり赤く染まっていた。

 まさか甘い言葉が降って来るとは思わず、不意打ちを食らった私は、顔を真っ赤にさせてしまう。その頬にユーグリット様がそっと触れた。


「……赤いな」

「お、お揃いです……!」

「ははっ、お揃いか。やっぱりオフィーリアは可愛い」

「か、可愛い」

「あぁ。…………抱きしめても?」

「えっ、あ、は、はい……」


 ユーグリット様に抱きしめられると、私もそっと腕をユーグリット様の背中に回した。想い合った状態での抱擁は今日一番恥ずかしくて、嬉しくて……幸せだった。

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