第37話 やっぱり推しが好き過ぎる(オフィーリア視点)



 ずっと気持ちを伝えられずにいたけど、私は決めていた。


 ルイス侯爵家に帰ったら、絶対にユーグリット様に想いを伝えると。


 だから何度も練習して、本番に備えたのだ。まさかその現場をイヴちゃんに見られるとは思わなかったけど……。


 恥ずかしい気持ちはさておき。


 その愛娘からも背中を何度も押してもらったから、何としてでもの思いで実行したのだった。


 それなのに。


「オフィーリアは……私のことが嫌いではなかったのか…………?」


 帰ってきた言葉に私は凍り付く。


 私が、ユーグリット様のことが、嫌い?


 そんなこと、天地がひっくり返ったってあるわけない。それなのに、ユーグリット様は私の想いを、言葉を、心底驚いた顔で聞いていた。


 何度も再現してみた。ユーグリット様なら何と言われるのか。「そうか」「わかった」「私は君のことは何とも思ってない」のような、静かな対応から否定される姿まで。


 ありとあらゆる返しを想定して、心の準備をしてきたのに。まさか、そのどれにも当てはまらない回答がくるだなんて。


「…………」

「…………」


 衝撃的過ぎる答えに反応することができず、沈黙が流れてしまった。


 混乱するものの、これは理由を聞くべきだと思ったため、何とか言葉を絞り出す。


「ユーグリット様……どうしてそのように思われたのですか」

「あ…………オフィーリア、君は……その、毎朝書斎に突撃しただろう。何の前触れもなく」

「あれは、ユーグリット様にお会いしたくて……」

「私に……?」


 何の前触れもなく。


 それはユーグリット様の言う通りだった。かつてキャロラインに言われた「貴女は侯爵夫人なのだからその立場を使わないと」という言葉を変に考えすぎた結果、突撃という形になってしまったのだ。


「……手紙は同じ内容のものが何通も送っただろう。その意図がわからなくて。……私の返事などいらないと思ってしまったんだ」

「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」


 ユーグリット様の挙げた私の行動は、今思えばどれもおかしなものだった。


「……大量すぎる贈り物は、その、困らせてやろうとでも思っていたのかと」

「全てユーグリット様を思って選びました……確かに量はおかしいものでした」


 常識からかけ離れたアプローチは、却って疑いを生んでしまった。でもそれは仕方ないことだと思う。私は自分の口から何一つ伝えなかったから。


「……最近はその行動が減って、ますますオフィーリアがわからなくなってしまった」

「それは……」


 何て説明すれば良いのだろう。そう思考が固まった瞬間、さらに予想外の言葉が飛んできた。


「嫌われてるという思いが強まったのは、ケーキなんだ」

「…………え?」

「……すまない、忘れてくれ」


 ケーキ。


 私はその三文字を必死に頭に巡らせる。


(ケーキ…………もしかしてあの日、ユーグリット様の前で逃げてしまったから?)


 ユーグリット様の視点に立ってみた。あの日の私の行動と言えば、自分のためにケーキを作っているのかと思えば、紫の不思議な色な上に、自分には一口も渡さずに持っていかれてしまったのだ。


(私、最低じゃない…………!!)


 あの一つの行動が決定打に繋がるだなんて思いもしなかった。しかし、それと同時にあることに気が付く。


(……待って。でもそれって、ユーグリット様はあのケーキが食べたかったと言っているように聞こえるわ)


 そんなこと、あり得るのだろうか。


「ユーグリット様。……もしかしてあのケーキを食べたいと思ってくださったのですか?」

「……わ、忘れてくれ」

(か、顔がほんのり赤くなってる……!!)


 その反応は、嫌でも期待してしまうものだった。


(かっ、可愛い………!! 赤面するユーグリット様なんて初めて見たわ!? それにほんのり困ったように眉が下がってるし!)


 ほんのわずかな表情の変化。それがいかに微々たるものでも、長年見つめてきた私にとってはかなり大きな違いだった。


(あぁ、駄目だわ。私はやっぱりユーグリット様が大好き。ユーグリット様のことが好き過ぎる)


 先程までの困惑はどこへやら。こんな状況でも、最愛の夫への愛が膨らむばかりだった。にやけないように必死に表情管理をする。


 そして、嫌っているという誤解についてどうにかしたいという想いが強く浮かび上がり始める。


(……絶対に嫌。これ以上、私がユーグリット様のことを嫌ってるだなんて誤解され続けるのは。ユーグリット様にどう思われたとしても、私の想いは嘘偽りなく届けたい) 

 

 ぐっと心の中で意気込むと、私はもう一度ユーグリット様の瞳を見つめ直した。


「ユークリッド様。信じられないかもしれませんが、私はユーグリット様をを嫌ったことなど、人生で一度もありませんわ」

「人生で、一度も」

「はい。一度もです」


 ユーグリット様の復唱に私は力強く頷いた。


「今まで非常識なことをしてきたと思います。それ故に私の想いが一度で届かないのは重々承知です。……なので何度でもお伝えします」

「オフィーリア……」


 きっと私は、キャロラインに嘘をつかれたと弁明することもできるだろう。


 けれどそれは敢えて選ばない。


 キャロラインに唆されたとしても、行動したのは自分だから。それに、言葉通り私はユーグリット様に出会ってから今まで、本当に惹かれ続けているのだ。


(キャロラインを言い訳にしなくてもきっと、ユーグリット様に届けることはできるはず)


 そう信じて、私はもう一度伝えた。


「私オフィーリアは、ユーグリット様のことをこの世で最も愛しておりますわ」

 


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