第36話 嫌われてしまっても(ユーグリット視点)
結果、賭けは成功したと言えるのだろう。
断られる前提で申し込んだ婚約は、奇跡的に受け入れてもらえることになった。
父から成立の報告を聞いても、一週間ほどは現実味を感じられなかった。
(本当に、私が彼女と婚約を……?)
喜びよりも信じられないという気持ちの方が大きく、落ち着かない日々が続いた。
そこから顔合わせまでは早かった。
顔合わせは家族同士で行うもので、私達ルイス侯爵家の人間がフォルノンテ公爵家を訪れることになった。
(私は……受け入れてもらえているのだろうか)
そんな不安を抱きながら、顔合わせが始まった。結果としては終始緊張して終わってしまった。必死に顔や態度に出ないようにしていたが、上手くいったかはわからない。
彼女は終始顔を伏せており、目が合うことは一度もなかった。二人の時間を作ってもらえたが、緊張のあまり会話が弾むことはなかった。
「これからよろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
控えめにそう答えてもらった。表情から気持ちを察せられるほど器用ではないが、嫌そうな反応ではなかった。それ故に嫌われていなかったと思う。少なくとも結婚生活が始まるまでは。
結婚してからも、その緊張が取れることはあまりなかった。
思えば、結婚する前もした後も、私と彼女の間に会話というものは少なかったと思う。だが勇気をだして話しかけようとする機会は、彼女によって奪われることになる。
結婚生活が始まると、彼女は段々とおかしくなってしまったのだ。
忘れもしない、結婚してから三日目の朝のこと。彼女は突然私の仕事場に突撃してきたのだ。
「おはようございます、ユーグリット様」
「……おはよう」
あまりに突然のことに、驚きすぎて上手く理解ができなかった。そんな反応など興味がないのか、彼女は何も気にせずにソファーへと腰かけた。
淑女の見本でもある彼女が、事前に一言もなく書斎に足を踏み入れたことに心底驚いてしまった。少なくとも礼節はきちんと身につけている人だと思っていたから。
「本日はとても良い朝ですね。最近は雨が降ることなく快晴ばかりで気分がとてもいいですわ」
「…………」
(…………どうしたんだ突然。もしや何か不便なことがあったのだろうか)
何か要求があって自分の元に来たに違いない。そう思ってどこか身構えてしまう。
「明日はキャロラインのお茶会に出席するんです。結婚してからは初めてなので、凄く楽しみなんです」
「…………そうか」
拍子抜けするほど、彼女は自分のことしか話さなかった。ただ一人でひとしきり喋ると「失礼しました」と言って去っていく。
一体どんな意図があって訪問したのか全くわからないまま、私は彼女の後ろ姿を見送るのだった。
そしてこの奇行ともいえる突撃訪問は、終わることなく彼女の習慣として定着した。
彼女に会える嬉しさが無かったわけではないが、それと同時に礼節を重んじていたはずの彼女にとって、私はその対象外であることを喜んでいいのかわからなかった。
(……どういう意味があるんだ)
行動の意味が見つけられないまま、更なる奇行が始まった。
「旦那様、奥様よりお手紙です」
「…………」
(……どうしてこんなに送るんだ?)
それは二年目の結婚記念日のこと。一年目は出産の関係で無かったため、記念日を祝うのは二年目からだった。
初めは一通の手紙が届いた。
内容は、記念の日なので一緒に過ごしたいというものだった。
正直凄く嬉しかった。手紙をもらった日が重要な仕事を片付ける日だったので、翌日返事を書こうと思っていた。
しかし、その返事を待たずして再び似たような手紙が送られてきたのだ。
これを催促と見るべきか、それだけ返事を待っていると取るべきか、私にはわからなかった。
(返事を待ってももらえないのか……?)
手紙は結婚記念日に留まらず、毎日何かしらの内容を記されたものが送られるようになった。
(……もしかして、返事は不要ということなのか)
結婚記念日には仕事も重なって時間を作ることができなかった。これは私の落ち度だと思う。これに関する謝罪の手紙は送ったのだが、翌日届いた手紙には結婚記念日には一切触れられていなかった。
ますます彼女が何を考えているかわからなくなってしまった。
そして、やってきた私の誕生日。
彼女から贈り物が届いた。それはもう驚愕するほどの量が。
(な、なんだこの量の贈り物は……!?)
生まれて初めてだった。部屋が埋まるほどの贈り物をされるのは。
これが翌年も続いたところで、私は一つの仮説にたどり着いた。
私はオフィーリア・フォルノンテの全てを知っている訳ではない。だが、今されている行動は決して好意からされるものではない。
相手に礼節を重んじないとはどういうことか。
それはきっと、相手のことが嫌で仕方のないことだと思う。そう考えた瞬間、彼女の一連の行為はある種の嫌がらせなのではないかと思い始めてしまったのだ。
(私が無理に婚約を申し込んだから………私は彼女の好みではなかったのだろう)
正直、嫌われることに対して思い当たるものはあった。
本当ならその真偽を、私はすぐにでも尋ねるべきだったのだろう。だがそれはできなかった。
「私のことは嫌いだろうか?」
そんなこと、聞けるわけがなかった。逆も同じだ。
ただ私の愚かな所は、それだけおかしなことをされても、彼女への好意が少しも薄れなかったことだ。
話に来てくれたのは嬉しかったし、彼女の顔を見れるのは嬉しかった。
嫌われてると思ってからは聞く一方だったが。
手紙も嫌ではなかった。彼女の綺麗な字が見れるのは、癒しのようだったから。返信はしようか迷った。ただ、嫌いな人間の手紙など欲しくもないだろうと思い返事を渡すのは止めた。
贈り物は最初こそ全てを受け取ったが、申し訳ないことに無駄になるとわかったものは最初から頼まないようトーマスに命じておいた。
それだけ嫌われても、奇行をされても、妻としていてくれたらーー。
私はそれだけで満足だったのだ。
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