第38話 お母様との約束を果たします!
私とジョシュアは、部屋の外から耳を澄ませてお母様とお父様のやり取りを聞いていた。
(…………お母様)
お母様の健気な、そして芯の強い姿勢は今すぐにでも拍手を送りたかった。
(本当に、お母様は成長されてる……)
目を見張る成長は、お母様自身の潜在能力と努力が実った結果だった。
その変貌ぶりに、初めて推し活を教えた結婚記念日のことが思い出される。
(あの日は……闇落ち寸前だった。というか、既に闇をまとっていたわ)
それが今はどうだろう。
まとう雰囲気は光一色といっても過言ではない。眩しいくらいの真剣な眼差しは、お父様を射止めて離さなかった。
だが、積もり積もって生まれた疑念はそう簡単には拭えない。
(……お父様の様子を見る限り、お母様のことを好きなのは確かなのよね)
両想いなんだ、良かったーーだが、残念なことにこれでは終わらない。何故なら張本人である二人は、その事実の一歩手前で まだ足踏みをしているから。
(お父様はお母様の想いを…………お父様を嫌っていないことと好きであることを、どうかわかってほしい)
お母様は恥ずかしさを頬にうつしながらも、何度も何度も好きだということを言葉を変えて伝えていた。
「私はユーグリット様の全てが愛おしいんです。少し不器用でも優しさを忘れず、困ったことがあれば必ず助けてくれる。そんなところが大好きです」
「オフィーリア……」
「ユーグリット様。私はこれから先も生涯はユーグリット様の隣に居続けたいです」
「しょ、生涯……」
ある意味吹っ切れたのか、お父様の表情が晴れるまでお母様は想いを伝え続けていた。
しかし、お父様の表情は晴れるどころか、困惑一色に染まっていた。
(つい先程まで自分を嫌っていたと思った人から、突然好きと言われても、受け入れるより先に戸惑いが生まれるのは当然のこと)
観察する限り、お父様は現状が整理できてないように思えた。
(……恐らくまずは好きであることを伝える前に、お父様のことをいかに嫌っていないかを理解してもらう必要があるわ)
それなら好きと伝えればいいように思うが、言葉の力には限界がある。お母様は頑張って絞り出しているけど、若干どれも似ている言葉になってるのが現実を物語っている。
(……私に今できることは、最善の解決策をみつけること)
ここまできたら、お母様の想いを一から十まで漏らすことなくお父様に理解して欲しい。
(だって、お母様がここまで勇気を出したんだもの)
私は一人静かに悩み始めた。
(言葉よりもさらに強い証明……)
鈍感で、恋愛初心者で、考えすぎてしまって、基本的にマイナス思考のお父様でも納得できる方法。それが必要だった。
(…………スキンシップ、とか?)
手を取って告白したり、抱き締めたりしながら伝えれば威力は増すだろうか。
(……いや、それは負担が大きすぎる。言葉だけの今でさえ、お母様は限界なのに)
その様子は顔色が物語っており、赤く染まった頬が何よりもの証拠だった。
(何か良い方法はないの……? 頭でっかちに意図せずなってるお父様の心を動かす方法は……!)
上手い方法が浮かばない状態がもどかしくて、思わず手に力を入れてしまった。その時、ジョシュアがぽつりと感想を落とした。
「凄いね。こんなに積極的なお母様、初めて見た」
「……………………積極的」
「うん」
積極的。
その言葉が私の頭を物凄い勢いで駆け巡る。
「…………押して駄目なら推してみろ」
「え?」
それは私がお母様に初めて訴えた言葉だった。
そしてお母様はその言葉を受け入れ、何ヵ月もの間推し活に励んできた。その努力は心情の変化と成長に繋がり、結果今に至る。
押して駄目なら推してみろ。
この言葉は、再びお母様を助ける言葉になってくれるーー。
そう信じて、私は扉を勢いよく開けた。
バンッ!!
大きな音が出たおかげか、お母様もお父様も扉の方を反射的に見つめた。
「イヴちゃん、シュアちゃん……!!」
「……どうして二人が」
お母様の頬が最高潮に赤くなっているのはさておき。私はお母様をしっかりと見つめて微笑んだ。
「お母様、押して駄目なら推してみてください!!」
「イ、イヴェット?」
「イヴちゃん……?」
うちの子がおかしくなったという雰囲気を醸し出すお父様とは対照的に、お母様は真剣に私の名前を呼んだ。
「推し活とはすなわちご自身の愛の証明ですが、誰かに証明することもできます! ご自身がどれだけ推しを愛しているか、推しに愛を注いだか、お母様の部屋にはその証がつまっております!! 今こそそれを使うときです!」
かつてお母様は私に聞いた。
ーーそうしたらユーグリット様は振り向いてくださるかしら?
私はその問いかけに約束した。必ず振り向いてもらえると。
今こそその約束を果たすときだ。
「押して駄目なら推してみてください、お母様!! 必ず振り向かせられます……!」
小さな体から出たとは思えないほど大きな声が書斎に響いた。終始お父様は困惑の表情でこちらを見ていたが、お母様の瞳は大きく揺れ動いていた。
そして理解した瞬間、その瞳には輝きが宿った。頬の赤みは少し消えて、笑顔を浮かべた。
「そう、そうよね、イヴちゃん! ……押して駄目なら推してみるべきよね……!!」
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