第29話 お母様は絵も描けるんですか!?



 シャッシャッ。


 ベッドの足元の方向から、聞きなれない音が聞こえた。最初は私が寝ぼけているのかと思ったが、音は止むことなく響き続けていた。


「…………?」


 重い瞼をどうにか開けながら、ぼんやりと起き上がる。カーテンからは光が差し込んでおり、それは朝を告げていた。


(……そうだ。昨日はステュアートお兄様に送ってもらったら、眠くてそのまま眠ってしまったんだったわ)


 ぎゅうっと目をつむりながら、意識をどうにか起こしていく。その間も、シャッシャッという不思議な音は聞こえ続けていた。


(……お母様が起きていらっしゃるのね)


 横を見ればお母様はおらず、既に起床していることがわかった。のそのそと動きながら、ベッドから下りる。


「お母様……?」


 まだ完全に開かない瞼だが、お母様を探しながら歩き始める。すると、ソファーに座るお母様を見つけた。しかし目の前に広がる光景は見慣れないもので、お母様が何故か紙に囲まれていた。


「…………え?」


 近くにあった紙を拾い上げると、そこにはとんでもない美丈夫が描かれていた。


「⁉」


 あまりの画力に驚くと、眠気は一気に吹き飛んだ。


 驚愕しながらお母様の方をもう一度見てみると、お母様は一生懸命紙に向かって手を動かしている。その光景さえも理解が追い付かず、開いた口が塞がらないまま、紙で埋もれているテーブルを見た。そこには、何度と描き直された跡があり、どの絵も上手すぎるものだったのだ。


「……もう少し神々しく」


 そう呟くお母様は私が起きたのにも気が付かないほど集中しており、依然として紙と真剣ににらめっこをしていた。私は気を散らさないようにそっと後ろに近付くと、お母様のにらめっこ先を静かに覗いた。


(……なんですか、この神秘的かつ魅力的なイケメンは)


 そこには先程まで見た絵よりも、レベルの上がった精度の高い美丈夫が描かれていた。呟きの通り、不思議と神々しさも宿っており、画力は間違いなく尋常じゃないほどの腕前だった。


「お母様……」


 予想外過ぎる才能に思わず声を漏らせば、お母様びくっとなりながら背筋を伸ばした。そして恐る恐る振り向かれて、私と目が合う。


「イ、 イヴちゃん……。お、おはよう」

「おはようございます、お母様。それにしても凄いですね」

「ごめんなさい、すぐに片づけるわ!」

「あっ、お気になさらないでください! それよりもどうぞ、続けてください。是非」

「えっ」


 作業の邪魔をしてはいけないと思いすぐに背後から離れれば、お母様は困惑しながらも再び手を動かし始めた。

 黙々と作業を続ける中、私は机に並べられた絵をもう一度見直す。よく観察すれば、特徴がお父様に似ており、お母様が誰を描いているかは明らかだった。


(……実物は寡黙で顔は確かに整っている人だけど、お母様の手にかかるとこうも魅力的に進化するのね)


 お世辞にも寡黙なお父様には、輝かしい雰囲気はない。気品こそあっても、普通の人からすればそれだけなのだ。

 それにもかかわらず、お母様の手がけた絵には輝きがまとわれており、良い方向に美化されていた。それは決して誇張ではなく、愛のある表現だった。


(……お母様から見たお父様って、こんな感じなのね)


 描き方一つ一つが丁寧の素晴らしい絵は、いつまでも見ていられるほどだった。


「で、できた…………!!」


 そうお母様は描いたイラストを斜め上の頭上まで持ち上げて、完成を喜んだ。


「お疲れ様です、お母様。見てもいいですか?」

「も、もちろん。少し恥ずかしいけど……」


 お母様の隣に座ると、早速完成した絵を見せてもらった。


(いや、上手すぎる)


 先程の描きかけの状態から、さらに美しく神々しく仕上がった絵は、言葉を失うほどレベルの高い絵として出来上がっていた。


「ど、どうかしら……」

「凄くお上手です。驚きました、お母様が絵もお上手だとは」

「そ、そうなの?」

(おっと……これはもしや自覚無のパターンですか?)


 どうやらお母様は、自分が客観的に見ても絵が上手だということに気が付いていなさそうだった。


「そうです、とってもお上手です! 誰がどう見ても!」

「イヴちゃんにそこまで褒めてもらえると凄く嬉しいわ。ありがとう……!」


 ふふっと上機嫌に微笑むお母様は、満足そうにさらに笑みを広げた。絵をじっくりと眺めてからお母様にお戻しすると、感嘆しながら感想を述べた。


「それにしても凄いですね。ご自分で新たな推し活を始められるとは」

「…………え?」

「え?」


 てっきり私は、お父様という推しを想いながら描いた活動だと思っていたので、お母様の疑問の声に逆に驚いてしまう。


「イ、イヴちゃん! これって推し活なの⁉」

(こっちも無自覚でしたか!!)


 まさかの無自覚状態に目が見開かれるが、考えてみれば教わったことのないことを推し活と考えるのは少々難易度が高いものだろう。


(……それにしても凄いわ。お母様自身の意思でここまでされたのは)


 そう感動しながらも、私は推し活の詳細について語ることにした。


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