第21話 お母様の憂いを晴らします



 喜んでお母様の申し出を受けて馬車から下りると、目の前には二階建ての建物が立っていた。外装の雰囲気としては、そこまで華やかではなく、落ち着いた雰囲気の色合いだった。


入り口の上には“紅茶店ヒペリカム”と書いてある。


「ここはね、私が学生時代によく来ていた紅茶店なの。一人で来るにはちょうど良い雰囲気で……結婚してからはあまり来なくなっていたのだけど」

「そうなんですね」

「茶葉も売っているし、中でお食事もすることができるのよ」

「なるほど……」


 思えば外出先で何かを食べる、お茶をするという経験は初めてのことだったので、思わずじっくり観察してしまった。それをお母様は不安に思ったのか、少し大きな声で興味を誘ってくれた。


「……あ! 大丈夫よイヴちゃん、安心して。ヒペリカムにはケーキがあってね、それが凄く美味しいの」

「本当ですか! 行きましょうお母様!」


 美味しいケーキがあると聞いた瞬間、お母様の手を勢いよく引っ張って紅茶店の中へ入っていった。

 紅茶店は中まで落ち着いた雰囲気だが、あまり人はいなかった。お店の人に案内されながら席に着くと、お母様がメニュー表を渡してくれた。


「どのケーキも美味しいの。紅茶は私のおすすめでもいいかしら?」

「もちろんです!」


 私もすぐにチーズケーキを選ぶと、運ばれるのを待つ時間になった。


「ここはね、お兄様に教えてもらったの」

「伯父様に、ですか?」

「えぇ。何でも、フォルノンテ公爵家の代々の隠れ家なんだよって」


 フォルノンテ公爵家とは、お母様のご実家のことである。


「隠れ家……!」

「面白い響きよね。でも嘘じゃなかった。学園から少し離れていることもあって、本当に誰も来ないのよ。だからイヴちゃんも学園に通うようになったら、ここを使うといいと思うわ」

「学園……」


 そうか、今はもうその未来があるのだ。回避できた、生きられるのだという感覚はあったが、学園に通うことはまだ実感がわかなかった。


「楽しみです、凄く」


 けれども、抱いた希望を笑顔に変えてお母様に返すと、お母様も嬉しそうに微笑んでくれた。


 少し経つと紅茶とケーキが到着し、早速食べてみることにした。


「!! お母様、本当に凄く美味しいです!」

「良かった……」


 チーズケーキは一口食べただけで、絶品だということがわかるほどの味だった。紅茶もケーキに凄く合っており、選んだお母様のセンスの良さが輝いていた。


(うわぁ……凄く落ち着く)


 のんびりとした穏やかな空間は、個人的に非常に好みのものだった。紅茶を飲みながらお母様の方を見れば、どこかまだスッキリしていない表情をしている。


「お母様、気になることがあれば何でも話してください」

「でも、今は紅茶の時間だから」

「大丈夫です、邪魔になんてなりませんよ。私はそれよりもお母様の憂いを晴らせた方が嬉しいです」

「イヴちゃん……」


 美味しいものは十分堪能できている。お母様の気遣いは嬉しかったが、私もお母様の役に立ちたいと思っているのだ。


「ありがとう。……その、さっき権力が欲しくて私を利用していたという話までしたじゃない?」

「はい」

「でも………それなら別に、嫌がらせまでする必要があったのかしらって。これも性格が悪いから、なの?」


 告げられた疑問は、至極真っ当なものだった。


「確かに、キャロライン様の嫌がらせは“性格が悪い”の一言で片づけられる気もしますが、私はそれだけではないと思っています」

「それだけじゃ、ない……?」


 ゆっくりと頷くと、私は自分が観察した内容を思い出した。どう考えても、キャロライン様のお母様に対する態度や執着は少し異常なものだと感じた。これは、性格が悪いの一言で済まないほどに。

 

 だからこそ、注意深くキャロライン様をみていたのだが、わずかな情報を得ることができた。手に入れた情報は少ないものの、一つの仮説を作れるほどには目的が達成できた。


「お母様。これはあくまでも私の推測で、確かなことではありません。なので、もしかしたら“性格が悪い”の一言で済んでしまうかもしれないのですが」

「是非とも聞きたいわ、イヴちゃんの推測。聞かせてくれる?」

「はい」


 ふぅと一息吐くと、お母様の方を見て真剣な眼差しで述べ始めた。


「キャロライン様は、お父様……ユーグリット・ルイスに好意を抱いていたのではないかと思うのです」

「…………キャロラインが?」


 お母様にとっては予想外の言葉だったようで、小さくも驚いた声が返って来た。


「そう思った理由が、キャロライン様の呼び方です。普通は“ルイス侯爵”と呼ぶのが正しいはずです。ですが、キャロライン様は終始“ユーグリット様”と名前呼びでした。初めは、お母様に嫌がらせのつもりでそう呼んでいるのだと思ったのですが、お母様は特段様子が変わらなかったので、これでは嫌がらせが成立しません」

「イヴちゃん……」

「?」


 そこまで聞くと、お母様は動揺した眼差しで答えた。


「名前呼びに今気が付いたわ……!」

「あっ…………」

(そうよね、お母様って悪意に鈍感よね)


 そもそも敏感であれば、二十年近くも続いていない。思わず苦笑いを浮かべる。


「な、なので。この名前呼びは、キャロライン様の気持ちを表していたのではないかと思います」

「キャロラインが……ユーグリット様を?」

「一つお聞きしたいのですが、キャロライン様の婚約は早くに決まっていましたか?」

「……そういえば、私がユーグリット様について相談する少し前に決まった気が」

「もしかしたら、キャロライン様はその時に失恋したのかもしれませんね。とはいえ、この辺は全て憶測なので何とも言えませんが」


 私はキャロライン様と出会って時間が短い。事情も性格も、詳しいのはお母様の方で間違いない。だから私は、あくまでもお母様の思考の参考になればいいくらいの感覚で推測を落とした。


「…………あぁ。何だか色々と見えてきたわ」

「それは良かった」

「いいえ、良くないわイヴちゃん。……怒りが再発してきたから」

「あ……」


 どう言葉を繋げるか悩む返答だった。しかしお母様は静かに怒っており、笑顔は作られたものをギリギリ保っている感覚だった。


 

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