第20話 いえ、悪いのは元ご友人のみです



 お母様はただいま三十二歳。聞けばキャロライン様とは学園の頃からのお付き合いのよう。だとしても、二十年近く友人として接していたのだ。煮え切らない思いもあることだろう。


「キャロラインは……私にとっては頼りがいのある、凄くいい友人だったの。でもね。思い返してみたら、友人らしいことをされた記憶ではないみたいで」

「それは何とも酷い話ですね……」


 例に挙げたのは、政略結婚の話だった。


「思えばそれが初めての相談だったのだけど……結果的に私は身分を利用して、ユーグリット様に婚約させたことになってしまった。……本当なら、もっと純粋な、小さなことから積み重ねていくような恋愛をしたかったのだけど」

(こればかりは、もう変えることができないのよね……)


 そう語るお母様の眼差しには、切なさも秘められているように感じた。どうしようもできない現状に、私は胸がぎゅうっと締め付けられた。


「でもそれはいいの。今は推してみるという、最高の愛し方を見つけたから」

「お母様……」


 吹っ切れたような声色には、まだ切なさがぬぐい切れていなかったものの、お母様は穏やかな表情をしていた。


「それよりも気になるのが、キャロラインなのよ」

「というと?」

「最初から……私の相談に乗るつもりはなかったということでしょう? 私、嫌われるようなことをした記憶はないのだけど、知らぬ間に嫌われていたということなのかしら……」


 今度は少し落ち込んだ様子で間を空けた。


「だってイヴちゃん。何もしていないのに嫌われるということは、私の普段の行いや性格にそういう要素があるということでしょう? だとしたら直さないと。イヴちゃん、何か思い当たる部分はある? 私のこういうところが嫌い、みたいな」

(なるほど、そうきたか)


 お母様は、あくまでも自分にも非があるという雰囲気の話だった。


 嫌われるようなことをしてしまった自分も悪いのではないかと。


 しかし、第三者として外から見ていてわかる。キャロライン様との件でお母様に非など一つもないと。強いて一つ挙げるのなら、それこそ世間知らずだった点くらいだ。


「お母様。お母様に非などありません。いいですか? キャロライン様は普通とは違います」

「普通とは、違う……?」

「わかりやすく一言でいうと、キャロライン様の性格が悪いだけです。物凄く」

「物凄く、性格が悪い……」


 復唱するお母様に、私は納得してもらえるだけの材料を次々に提示することにした。


「まず、二十年近くお母様に悪質なことをしている時点でキャロライン様は性格がひねくれています。普通の感性を持っていれば、そんなことはしません」

「ひ、ひねくれて」

「それに、本当に仲良しならあんな素敵なドレス店紹介しません」


 素敵、というのはお母様の使い回しだ。


「世の中には様々な人がおります。何もしていないのに嫌ってくるような、関わるべきではない人もいるのです」

「り、理不尽じゃない」

「だから性格が悪い、ひねくれていると表現します。そしてこの場合、お母様に非は全くないことがわかると思います」

「……私は悪くないってことなの?」

「はい。悪いのはキャロライン様……元ご友人のみです」


 力強く言い切ると、お母様はそれに納得した様だった。そして、不満げな眼差しで呟く。


「嫌いなら、話しかけてこなければ良かったのに……」


 そう思うのもわかる。ただキャロライン目線は、話しかけずにはいられなかったのだろう。


「嫌いでも意味があれば……利用価値があれば仲を保つはずです」

「利用価値……」

「はい。お母様の最大の武器の一つは、公爵令嬢という肩書があります」

「まさか……その肩書を利用したくて?」

「そうだと思います。キャロライン様主催のお茶会にはたくさんの方が参加されていました。ですが、必ずしも皆様はキャロライン様に会いたいから参加しているのではないはずです。では、誰と話したくて参加されているかと思いますか?」

「まさか……わたし?」


 手のひらを胸にそっと当てながら、お母様は疑問符を浮かばせて聞き返した。


「お母様かと」

「私は本当に周りが見えていないのね……」


 落ち込むお母様に、私は励ましの言葉を伝える。


「お母様、今からでも間に合います。皆様、きっとお母様主催のお茶会を楽しみにしていると思いますから」

「私の?」

「はい。私はしっかりと見ていましたよ。お母様がお茶会を開くといった時、喜んでいる表情をしているご夫人がいらっしゃいました」


 ちなみにこれは嘘ではない。本当に「あのオフィーリア様が主催のお茶会……⁉」という表情を見たのだ。それに、挨拶回りをした時に、基本的にどの人も良い人だった。それに加えて、皆お母様と話せていて嬉しそうだったのだ。


「今も昔も、お母様は憧れの的なのではないでしょうか?」

「でも、私はキャロラインの言うことを鵜呑みにして実行してしまった愚か者よ?」

「それを知るのは、キャロライン様達だけではないでしょうか。交流がなければ、お母様という人物を知ることはありませんし。キャロライン様達から他のご夫人方話題にされることもないと思います。やっていることがかなり悪質なので」

「…………」


 なるほど、という表情になるお母様。そして全ての要素を集めれば、誰が原因でお母様が悪くないことが理解できる。お母様も、その答えにたどり着いたようだった。


「イヴちゃん、私悪くないわ、ちっとも」

「その通りです」

「ありがとう……とても納得したわ。イヴちゃん凄いのね。私より私の状況がわかってる。天才だわ」

「そんな。言い過ぎですお母様」

「あら、足りないくらいよ」


 正直、箱入り娘として悪意に鈍いお母様が自力でこの状況までたどり着くのにはかなり難しい。理解するのも簡単ではない。だからこそ、無事伝わって良かったと安堵した。


 ほっとしたのも束の間、馬車が停止した。窓の外を見ても、まだルイス侯爵家ではなかった。


「?」

「あら、着いたみたいね」

「お母様、ここは?」

「お茶をするところなの。お茶会、と言ったのにまともなお茶を飲めなかったでしょう? イヴちゃん。今から少し私とお茶しない?」


 どうやら出発前に御者に指示していたのは、このお店のことだったよう。


(え、お母様がカッコいい)

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