幕間 想定外のお茶会


 キャロライン視点になります。


▽▼▽▼



 お茶会を終えると、私は足早に屋敷の中へと戻った。使用人達から隠れるように自室に入ると、扉を静かに閉めた。


 扉に寄りかかりながら、先程まで開かれていたお茶会の出来事を思い出す。

 といっても頭に浮かぶのは、オフィーリアただ一人だけ。


 ありえない。今まであんなに私の言うことを、これでもかというほど信じて従ってきたというのに。それなのに、今日、突然、オフィーリアは反抗を始めた。


(私に盾突くだなんて……オフィーリアの癖に!)


 そのせいで、いつも終始穏やかだった私のお茶会は、過去にないほど静まり返った。その上、空気は冷え切り、私は嘲笑の的として見られる羽目になったのだ。

 しかもオフィーリアがお茶会を後にした瞬間、ここぞとばかりに夫人方まで帰宅を始めてしまった。


 その空気を察した友人達も、苦い顔をして「私達も今日はこれで……」と言って去っていった。


(こんなこと、あってはならないわ……‼)


 怒りの感情がいつまで経っても収まらない。私が何年も保ってきた平穏を、よりにもよってオフィーリアに壊されるだなんて。


 ガチャン!!


 怒りのあまり、テーブルの上にあった茶器を払い落としてしまう。


(……オフィーリアっ!)


 オフィーリア・ルイスは私にとって最高に都合のいい後ろ盾だった。本人は無自覚だが、オフィーリアの持つ公爵令嬢という肩書はかなり大きなものだったから。


 そもそもこの国には公爵家は三つしかない。その中でも、私達と同年代だった公爵令嬢はオフィーリアのみだった。だからこそ、彼女はおのずとご令嬢方の中心になっていた。間違いなくオフィーリアは、同年代の中では最も高貴な存在だった。


 そのオフィーリアを自分の近くにいさせられれば、私が代わりに中心になることができた。何故なら女性陣はオフィーリアとお近づきになりたいと思っているから。


 けれども当の本人は自分から積極的に他のご令嬢に声をかけることはしなかった。

 無意識なのか、彼女は声をかけられるのを待っているようにも見えた。だから私が誰よりも最初にオフィーリアへ声をかけたのは、最大の幸運だろう。



 他のまともなご令嬢と親密に関わることになれば、無知で愚かではなくなる。だからご令嬢方との関わりにはかなりの注意を払っていた。

 挨拶程度なら黙って見ていたが、そこから先は牽制をしていた。


 私達が目を光らせていたが故に、オフィーリアの交流の規模は広がらなかった。しかし本人は鈍いため、そんなことには全く気が付かず、むしろ私達と長い時間を共にできていることを嬉しそうにしていた。何て能天気なんだろうと思ったことは、一度や二度じゃない。


 人の悪意にまで鈍いオフィーリアは、これから先も私がとことん利用するつもりだった。そうすれば、伯爵夫人であっても私は夫人方の中心にいられるから。


 それなのに。オフィーリアは良くない変化を遂げていた。


(余計な知恵を増やさないために、囲っていたのに……!)


 嫌な予感はしていた。あのオフィーリアが、ドレスを購入しなくなったという報せを聞いてから、何かおかしいことが起こっている気はした。でも一度くらい、そんなこともあるだろうと甘く見ていた。まさかそれが、変化の予兆だとも知らずに。


 当然、あのオフィーリアが一人自力で変化したとは考えにくい。だから確実に、何かに、誰かに、影響されたのだ。


(一体誰が……まさか、今更ユーグリット様と上手くいったとでもいうの⁉)


 ルイス侯爵家の中で、オフィーリアが無条件に言うことを聞きそうな人間は、ただ一人。ユーグリット・ルイスしかいない。


(ありえない、ありえない……そんなはずないわ)


 今まで散々嫌われるような行動をするように助言と称して説得し、関係を悪化させるよう仕向けてきたのだから。これはもう二十年近く続いていた。だからこそ、本当に“今更”なのだ。

 

(……駄目よ。いったん冷静にならないと)


 落ち着こうとソファーに座り込む。


「それよりも、私の評判よ……」


 いくらオフィーリアに腹を立てても、今日お茶会で招待者達が早くに帰ってしまったという失態は消えない。その上、全員の注目を集めてまともな反論もできなかったのも私の落ち度だ。


 単純に、あそこまでオフィーリアが攻撃的に出るとは思わなかった故に、頭が回らなかった。それらしい言い訳も、説得するだけの材料も、あの一瞬では思い付かなかったのだ。


「……どうにか誤解を解かないと」


 会場中の夫人方にどこまで話が聞こえていたかわからないが、今回はどの場面をとってもオフィーリアが怒ったという構図になってしまう。そして必然的に、私達は怒らせた側になるのだ。そうすれば、私の印象や評価は下がることは避けられない。


「せっかく手に入れた場所よ……壊されるものですか」


 ぎゅっと手に力を入れると、今後の立ち振る舞いを考えるべく立ち上がるのだった。

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