第22話 キャロラインという人(オフィーリア視点)



 私は何気ない普通の学園生活を送っていたと思っていた。だけど、イヴちゃんから推測を聞いた瞬間、その記憶の中にキャロラインという人間の本当の姿が見えてきた。


 キャロライン・デリーナは、もとは侯爵令嬢だった。今思えば、彼女はその地位に固執していたと思う。その根拠が、キャロラインの口癖に表れている。


「オフィーリア、貴女は公爵令嬢なんだから」


 私が相談してもしていなくても、キャロラインはことあるごとにそう言っていたのだ。当時は私に自信をつけることや背中を押す意味があったのだと思っていた。

 しかし、今改めて視点を変えてみると、あれは彼女にとって願望と皮肉だったのではないかと思う。


 キャロラインはあまり自分のことを私には語らなかったが、学園では何故か目立っていたのでちらほらと噂がながれていた。


 その中でも、あるやり取りが今でも印象的に残っている。


「聞いた? キャロライン、結局伯爵家の御子息と婚約するんですって」

「聞いたわ。しかもその伯爵家、落ち目なんでしょう?」

「えぇ。少し同情するわよね。その上位が一つ下がるんですもの」

「でも当然の結果だと思わない? 手あたり次第、侯爵家の子息に縁談を申し込んでいたらしいけど、キャロラインのお家って侯爵家では末端じゃない。あれは悪手よ」

「私もそう思う。でも、正直お似合いじゃない? 末端と落ち目の組み合わせって」

「ふふ。ちょっと、笑わせないでよ」


 元々今でも覚えている理由は、この会話のやり取りが、お茶会で同じテーブルを一緒に囲んだ旧友だったから。

 キャロラインと親しい関係だった彼女達が、キャロラインを馬鹿にするような話しているのを偶然にも耳にしてしまった。


 あの時は「友人のことなのにどうして祝福をしないのだろう。私はしっかりとお祝いしたのに」と不思議で仕方なかった。だけど結局、キャロラインも旧友も似た者同士だったというのが今ならわかる。


 それに、私のキャロラインの婚約に対する祝福も、彼女の矜持を傷つけていたということが今更ながらに理解できた。


(結局、あのテーブルを囲んでいた友人は全員良い性格をしていたということね)


 自分にも非があったなと思ったのも一瞬で、この場面を思い出したからこそ、なおさらキャロラインが許せなくなっていった。


 というのも、この記憶には続きがある。


「でも、最後の侯爵子息には好意を抱いていたらしいわよ」

「あら、そうなの? どこの御子息?」

「わからないけど、確か家柄だけでなく顔まで良いんですって」

「まぁ、高望み」


 この侯爵子息について。イヴちゃんの推測を重ねれば、ほぼユーグリット様で間違いないだろう。キャロラインは、婚約できなかった、結婚できなかった未練と好意から名前呼びを続けていたのだろう。


(……全部、繋がった)


 今度はの推測をイヴちゃんに話すと、「類は友を呼ぶですね」と返って来たが、私の知らない難しい言葉なんだろうと疑問をすぐに片付けた。


 そして繋がった上で、許すことができない理由まで怒りを込めて話し始めるのだった。


「ユーグリット様一筋でもない人が、ユーグリット様と結ばれると本気で思っていたのかしら」

「そ、そうですね」

「手当たり次第に婚約を申し込んだというのは、地位だけを重視して相手になんて少しの興味しかなかったはずよ。それなのに、その程度の想いで私に二十年近くも理不尽な恨みをぶつけるなんて……」


 ようやくキャロラインのしたことの本当の酷さを理解することができた。

これは明らかな侮辱ということを。

 私は、そこまで自分に対しての矜持の意識が高い方ではない。ただ、彼女によって壊されたものはあまりにも多すぎることに気が付いた。


「イヴちゃん。私は怒る権利があると思うの」

「はい、あると思います」


 イヴちゃんの真っすぐな瞳を見て、私はこくりと頷いた。


「イヴちゃん、ごめんなさい。寄り道してもいいかしら?」

「寄り道、ですか?」

「えぇ。もしかしたらルイス家に戻るのは明日になるかも」

「……………もしかして」

「実家に……フォルノンテ公爵邸に行きたいわ」


 キャロラインへの制裁は、縁を切るだけでは終わらせられない。それに、縁切りだってキャロライン側からすればそこまで大きな痛手にはならないだろうから。


「お母様のご実家、行きたいです!」

「本当に? 嫌ならルイス家に一度戻ってからでも」

「そうしたら遠回りですから。是非とも連れていってください」

「それなら……行きましょう!」


 イヴちゃんの表情は、無理しているようには見えなかった。こうして私達は、フォルノンテ公爵家に向かうことにした。


 今、実家であるフォルノンテ公爵邸には家を継いだ兄が現公爵として取り仕切っている。結婚もしており、子どももいるため配慮の気持ちもあって、実家にはあまり顔を出していなかった。


 というのは表向きで、本音はユーグリット様の傍を離れたくなかったことが大きい。その心情を両親も兄もわかっているため、特に催促はされなかった。


 イヴちゃんは、楽しそうな表情になるものの、少し心配そうに尋ねてきた。


「でも大丈夫ですか? 連絡もなしに突撃して」

「大丈夫だと思うわ。それに、突然行った方が、説得力が増すと思って」

「確かに」



 兄は両親同様私に甘く、義姉も凄く良い人なので、迷惑をかけてしまうが快く受け入れてくれると思う。


「そうと決まれば行きましょう」

「はいっ!」


 お茶会を終えると、私達は紅茶店を後にして、行先の変更を御者に伝えた。

 こうして私達はルイス家に帰るのではなくフォルノンテ公爵邸に向かうのだった。

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