第11話 推しの生誕祭です!準備編 後
それからというもの、意外と準備には時間がかかってしまった。
(着色料がないのはきついけど、この世界にブルーベリーがあって良かった)
急いでブルーベリーを使用人に用意してもらったり、厨房の使用許可を取りに行ったり、その他の材料を集めたりと酷く慌ただしい一日を過ごした。
そして翌日。私達は準備に関して本番を迎えていた。時刻は夕刻。
今日は私のご飯を早く食べたいというわがままを何とか通して、前倒しにしてもらった。そのため、予定よりも早い時間から厨房を使うことができたのだった。
「イ、イヴちゃん……また焦げちゃったわ」
「も、もう一回焼いてみましょうお母様!」
早く使えたまでは良かったのだが、ケーキの生地を焼き上げる工程が上手くいかず、私達は頭を悩ませていた。
「うぅ……次こそ」
落ち込みながらも、そんな暇はないと切り替えてお母様は手を動かしていた。
(凄く真剣な眼差し……一応、料理長に教えてもらった時に作った見本作があるけど)
厨房を借りに脚を運んだ時、まさかお母様が来るとは思わなかった料理長はしばらくの間固まっていた。その上、ケーキを作ると言い出すものだから、目が点になるほど驚いていた。
材料を見せて、作る意思が強いことを示したこともあり、本気であることが伝わったのだった。
そして、お母様は料理長指導のもとケーキの作り方を学んだのだが、一人で作るとなるとやはり難易度が上がるようで、上手く焼き上がらないのが現状だった。
(……でもさすがに料理長に紫色のケーキを見せるわけにもいかないからなぁ)
勤務時間もあったため、料理長は一通りお母様に教えると厨房を後にしたのだった。
「……これで駄目だったら、最初に作ったものを使わせてもらいましょうか」
「そうね……もう生地の材料も時間もないから」
そう言うものの、お母様は見るからに残念そうな雰囲気を醸し出していた。
(……無意識なんだろうけど、こだわりが生まれてきてるんだろうな。自分で一から作りたいという)
その思いが理解できるからこそ、お母様の最後の挑戦が上手く行くよう願いを込めていた。お母様は、生地を送り出していた。
「……慎重に待たないとね」
「はい」
オーブンの前に座るお母様を見ると、自分でも異様な光景であることが強く感じられた。
(……お母様のような、生粋のご令嬢がこんなことをするのは……何というか、不思議よね)
させている本人が思うことでないのはわかるのだが、やはりまじまじと眺めてしまった。
「ケーキできましたか?」
「!」
「あら、シュアちゃん!」
「……はい」
厨房にひょっこりと顔を出したジョシュアは、そのまま中へと入ってきた。ただ、シュアちゃんと呼ばれるのは未だに慣れていないようで、反応には困っているようだった。お母様もずっとこんな調子でジョシュアに接していたので、警戒心が解けたのはかなり早い方だったと思う。
「実は上手く焼けなくて……」
「なるほど、それがこの残骸と」
「そうなの」
お母様と普通に話すジョシュアだが、なぜか今回の生誕祭のことを聞き付けたようで、参加することになった。
「お母様と夜更かしパーティーするんでしょ? 僕も参加したい」
そう言われた時は答えに戸惑ってしまったが、ジョシュアにしては珍しく希望を口にしたので受け入れることにした。
(あんなに可愛い眼差しでお願いされたら断れないわ……!)
私が若干にやけながら回想をしているうちに、いつの間にかジョシュアは私の隣まで来ていた。ジョシュアは失敗作の山から、一ちぎりして口へと運んだ。
「……普通に食べれますよ?」
「そうなの? ……でも焦げてるから。綺麗に焼きたくて」
お母様の言葉に納得すると、ジョシュアはさらに伸ばした手を止めた。
「シュアちゃん。夜も遅いから、無理に付き合わなくて良いのよ?」
「夜更かしパーティーですよね。姉様が参加できて、僕が参加できない理由はありませんよね」
「それは、そうなのだけど……」
「それにお腹空いているので。お母様のケーキ、楽しみにしてますね」
「が、頑張るわ……!」
どうやら失敗作の味が気に入ったようで、お母様に並んでじっとオーブンを眺め始めた。
少し経つと、お母様がケーキをそっと取り出した。
「イヴちゃん、シュアちゃん……! 成功したわ!!」
「わーっ!!」
「わー」
子ども二人がお母様のケーキを眺めながら拍手をした。お母様は心底嬉しそうな顔で、ケーキを見つめていた。
「あ。お母様、煤ついてますよ」
「えっ、どこかしら」
「ここです、ここ」
「ど、どう? 取れたかしら」
「はい。取れました」
お母様とジョシュアのやり取りを興奮しながら見ていた。
(え………尊っ!! 滅多に見られない絡みでもあるから尊さ倍増なんですが! ……ごちそうさまです)
一人顔に出さないように悶えていると、お母様は早速盛り付けを始めた。真剣に始めたお母様の邪魔にならない程度に手伝っていた。
「……イヴちゃん、今何時!?」
「あと一時間で日が変わりますね」
「た、大変……! 急がないとっ」
「焦らなくても大丈夫ですよ?」
「駄目よ、日が変わった瞬間にお祝いするのだから……!」
事情を知らないジョシュアが安心させようと声をかけたが、お母様は教えたこだわりを成し遂げたいようだった。真面目な表情だが、声色はいつも以上に楽しそうだった。お母様の底力か、盛り付けは初めてだというのに失敗せずに着々と成功させていった。
(やっぱり凄く器用だよなぁ……)
ほとんど出来上がっているのを本人も確認すると、私達にお願いをした。
「イヴちゃん、シュアちゃん。もう少しでできそうなのだけど、飲み物を運んでもらえるかしら」
「もちろんです」
「重いから気を付けてね……!」
無事準備が終わりそうな私達は、生誕祭の開始を迎えるのだった。
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