第10話 推しの生誕祭です!!準備編 前



 そう言えばそうでした。明後日は、父ユーグリット・ルイスの生誕祭でした。


(いつもお母様が盛大にお祝いしてるのと、本人が元々こういう行事に興味がないのも相まってすっかり忘れてたわ……)


 お母様は完成した狼のぬいぐるみを抱き締めながら狼狽えていた。


「ど、ど、どうしましょうイヴちゃん! 私ユーグリット様に何もご用意してないわ……!」

「……」

「毎年必ず贈り物を用意するのに……二日じゃどうにも」


 そうでした。お母様は毎年、恐ろしいくらい大量の贈り物を用意してお父様に渡しているのだ。といっても受け取ってもらえた試しがないが。


(あまりの量の多さに、返品作業をしているのは確かお母様は知らないのよね……)


 遠い目をしながら、お母様の浪費を止めるために私は頭を回転させた。そしてあることに気が付く。


(はっ! ……これも推し活に繋げられるじゃない!!)


 思い立ったら即行動なので、移動式黒板を急いで持ってきた。


「お母様。ということは推しの生誕祭というわけですね」

「生誕祭……もしかして、これも推し活になるの?」


 黒板を持ってきたこともあって、さすがのお母様も察しが良くなっていた。


「その通りです! お母様。贈り物以外で、誕生日と聞かれて思い付くものはなんでしょうか」

「え、えぇと……パーティー?」

「パーティー! そうですね。では誕生日パーティーに欠かせないものと言えば!?」

「わかったわ、ケーキね!」

「正解です!!」

「やったわ!」


 当たった記念にハイタッチをして喜んだ。


「今回はケーキを選べばいい、ということかしら」

「いえ、お母様。せっかく創作力を鍛えたのです。……作ってみませんか」

「ケーキを……作る……私が」

「はいっ」

「でもそれは、難しいんじゃないかしら……」


 弱音のように呟く母に、興味を引いてもらえるように追加説明を行った。


「お母様。その名も推しケーキは……紫色で作ることも可能ですよ」

「ユーグリット様のお色で!?」

「紫となると、その色の材料を集めることになりますがーー」

「やるわっ!!」


 意外にも食い付きが良いもので、お母様の頭の中は今日も推しであるお父様で埋まっているようだった。


「それではまずは計画を練りましょう。それで、明日から作るんです」

「作りましょう! ……明日?」

「当日作るのも良いですが、せっかくなら日が変わったその瞬間にお祝いしたくないですか!?」

「素敵……! 是非ともしたいわ!」


 目を輝かせながら、お母様は頷いてくれた。


(現実的に考えて、明日の夕食以降の時間なら厨房も空いているでしょうからね)


 我ながらよく考えたなと思っていると、お母様は早速必要なものを書き出していた。


「必要なものを今日中に用意しないとよね」

「そうですね」


 書き起こしている間に、お母様はピタリと手を止めてしまった。そして、恐る恐る顔を上げてこちらを見た。


「イヴちゃん……その……ちなみに作ったケーキ……」

(あっ……お父様にあげるか、という話よね)

「良かったら一緒に食べない? 一人だと食べきれない気がして」

「!!」


 まさかの発言に、私は言葉を失うほど驚いた。


「……お母様」

「あっ、渡しに行かないのかって聞きたいのよね? もうこれだけ推すことを身に付けてきたのよ。鉄則は守らないと」

「鉄則……あっ」

「推し様に……ユーグリット様に、ご迷惑はかけないって」

「お母様……」


 お母様の心の変わりように、私は嬉しくて胸がいっぱいだった。


「初めて作るケーキですもの。ユーグリット様には、専属料理人の作ったケーキを食べてもらうべきだわ」

「……そうですね」

「だから、ここで夜一緒にお祝いしましょう」

「もちろんです、お母様」


 そう微笑むお母様は、すっかり毒気の抜けた優しい母そのものだった。二人微笑み合うと、部屋の空気が凄く暖かくなった気がした。


「あっ……でもまだ九歳の娘に夜更かしをさせるのは母親としてどうなのかしら」

「一日くらい平気ですよ」

「で、でも。成長期じゃない。身長が伸びなくなったら」

「たった一夜ですよ? 問題ありません。それに、最近また伸びたばかりなので」


 えっへんというポーズを取って、お母様に自分の身長を強調する。


「ふふっ……それなら一日くらい良いかしら?」

「もちろんですよ!」

「可愛い。イヴちゃん、凄く可愛いわ」

「お母様にはかないません」

「あら。嬉しいわ」


 推し活を教え込んでいるという一点を除けば、私達はどこにでもいるような穏やかな親子であることだろう。


「あっ。お母様、パーティーですから、是非おめかししてくださいね」

「えっ……いいのかしら?」

「もちろんです」

「じゃあ……今日の準備にはドレスルームを見ることもいれなくちゃ」

「えっ」


 その返しに、思わず目をぱちぱちとさせてしまった。


「……実はね、ずっと着たかったドレスがあるの」

「そうなんですね」

(びっくりした。新調するのかと思ったけど……取っておいたとっておきがあるのなら、その方が良いわね)


 こうして私達は、推しの生誕祭を開催することにしたのであった。

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