第5話 臨時講師に頼ります
どこから寄付するべきか、寄付に関する知識は全くなかった私とお母様は優秀な講師の指示に従うことにした。
「奥様。ひとまずは以上の場所に寄付を行いましょう」
「わかったわ。ありがとうトーマス」
ルイス侯爵家の執事長であり、お父様の隠れた右腕でもあるトーマスを臨時講師として呼んだのだった。彼はルイス家に長らく務めているため、年齢は両親より上になる。温厚で紳士的なかなり優秀な執事というのが私の印象だった。
寄付に関して具体的にどうすればよいかわからないと謝りながらお母様に伝えたが、決して馬鹿にすることなく「それならトーマスに聞いてみましょう!」と意気揚々と頼みに行っていた。
乙女ゲームに関する知識ならあるのだが、その他はこの世界にいる九歳のご令嬢と大差ないのだ。寄付しようと提案したのに、その先までは細かく考えられていなかったことを反省した。
(いくらドレス購入をやめさせるための臨時的な提案でも、もう計画を練るべきだったわ)
今回はトーマスが快く引き受けてくれたからよかったものの、今後そう都合の良いことが起きるとは限らない。これを胸に強く刻み込んだのだった。
(それにしても、お母様が勢いよく行動してくれてよかったし、トーマスが引き受けてくれて安心した)
寄付に関して語った当初、私はお父様に聞くことも考えていた。しかしそれでは推しに貢ぐとはあまり言えない気がしたのでなるべく避けたかったのだ。奥の手としては存在したが、それを使わなかったことに改めて安堵していた。
(特に寄付に関しては、大っぴらにしてやることではないもの)
自分の思考が片付くと、再びお母様とトーマスのやり取りに耳を傾けるのだった。
「寄付は一か月単位ですので、また来月確認しに参りますね」
「えぇ。お願い」
無事寄付をし終えたようで、トーマスが席を立った。
「お母様、お疲れ様です」
「ありがとうイヴちゃん」
見届け終わったので、私も取り敢えず自室に戻ろうと思ってトーマスの後をついていった。部屋を出たところで、トーマスのことを呼んだ。
「トーマス」
「はい、お嬢様」
私が名前を呼べば、すぐさましゃがみこんで話を聞いてくれる。完璧な執事である。
「トーマスが担当するジョシュアの授業は終わったのよね?」
「左様です。明後日からは外部の講師がお坊ちゃまの授業を担当されますよ」
「……ジョシュアは無理していない?」
そう聞くのには、見かけたジョシュアがため息をついていたからであった。
「吞み込みが早いので、無理のない速度で学ばれておりますよ」
「ふふ。わかったわ、ありがとう!」
「お役に立てたようでなによりでございます」
ジョシュアは跡継ぎのためにきた養子だったが、ルイス家に来た当初はほとんど人を寄せ付けなかった。仲を深めようと頑張った今でこそ警戒心を解いてもらえているが、あまり人と接触するのを好まない子だった。
(……オッドアイなのをかなり気にしている子なのよね)
人にその目を見せるのが嫌で、関わる人間は限定しているように思えた。そんなことを考えながら、自室にたどり着くのだった。
(最近お母様の部屋に行ってばかりでジョシュアに会いに行けてないわ。行かないと)
警戒心を解いてくれたとは言え、積極的に仲を保ちに行動しないと不安が生まれてしまうのが本音だった。そして何よりも、お母様に推し活を布教し始めたら、私もさらに推し活への意欲が増してきたため、ジョシュアに会いたいと強く思うようになった。
そんなことを考えていると、私の部屋がノックされた。
「姉様、いる?」
「ジョシュア」
ひょこっと顔を出したジョシュアは、私を見つけると嬉しそうに微笑みながら部屋の中に入って来た。
「いらっしゃい。どうしたの?」
「最近お母様にばかり構っているみたいだから」
「うっ。ごめんなさい」
私の推しはどうやら少し怒っているようだった。謝罪をしながら、二人向かい合って座った。
「別にいいよ、頑張っているの知ってるから。お疲れ様」
「……ありがとう、ジョシュア」
労りの言葉を受け取ると、ジョシュアはかなり時事的な話題を出した。
「そうそう。聞いたよ姉様」
「聞いた?」
「うん。お母様が寄付を始めたんでしょ」
「!」
(何故それを……!)
寄付に関して動いたのは昨日、今日の話なのに、ジョシュアの耳には届いているようだった。
「トーマスが授業を早めに終わらせたからね。気になって聞いたんだよ」
「そうなのね……」
まぁ同じ屋根の下で起きていることなら、すぐに知っていてもおかしいことではないなと思い直した。
「それにしてもお母様が寄付か。……姉様、何を吹き込んだの?」
「上手く説明できないけど……寄付をした方が良いとは言ったわ」
「へぇ。まぁ、無駄にドレス買うよりよっぽど有意義だよね」
「私もそう思うわ」
さすがはジョシュア、お金の使い方というものをわかっている。
「……あまり無理しないでね」
「私?」
「うん。お母様は無理とか言う境地じゃないから」
「ははっ、確かに」
とても冗談には聞こえない声色に、お母様への見え方は大体同じように感じた。今のところ、ありがたいことにお母様は私の声を聞いてくれていた。ただ実際問題、どこまで響いているかまではわからなかった。
(でも関係ないわ。……大切なのはお母様の意識を変えることだもの)
死というバッドエンドを防ぐために。今後もお母様を心中しないような思考で染めていこう、と改めて強く決意するのだった。
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