第4話 お金は推しのために使うべし! 後



「まず一つ目。ドレスを買うのを止めてください」

「えっ!」

「お母様が使えるお金は限られています。そのお金をドレスに使ってはいけません」


 かなり圧をかけながら伝える。といってもこの体はまだ幼いので、お母様にはあまり届いてはいないと思うが、できる限り真剣な声色と表情で話を進める。


「まだ着てないものもあるんですよね? それを全て着終えた上に、何回か使ってから新調しましょう」


 販売員とのやり取りから、購入したのに着ていない、ドレスルームで眠っていそうなドレスがたくさんありそうだった。なので、購入は当分しなくて良さそうだ。


「そ、そんなっ」

「それよりも。貢ぐ方が大切ですから。ドレスを買うということは、推し様に貢ぐべきお金が消えることになります」

「そ、それは駄目よ!」

「では、当分は購入なしでいきましょう」

「うっ……わかったわ」


 しぶしぶと頷くお母様に、貢ぐことの意味を話し始めた。


「お母様。推しのためにお金を使うことがどういう意味かわかりますか?」

「え……? そうね……」


 お母様は視線を少し下に向けて考え始めた。こうして尋ねて「わからない!」と思考を放棄せずに、しっかりと考える所は素晴らしいと思う。


「あ……わかったわイヴちゃん!」

「何でしょうか」

「ユーグリット様に、たくさん贈り物をするということね!」

「…………」


 満面の笑みでこちらを見ながら答える姿に、私は微笑して固まってしまった。目線はお母様ではなく、遠い目をしていたと思う。


(……………そうね。お母様はこういう方でもあるわ)


 母オフィーリアという人物がどういう思考を持っているのか、根本には何があるのか私はもっと理解る必要がありそうだった。気を取り直して、私は胸の前で大きくバツを作った。


「違います。それに、それは以前行って失敗したのでは?」

「うっ」

(やってたのね……しかも反応的に成功してなさそう)


 押してみたことがある、そう言っていたお母様ならやりかねないことだった。まさか本当にやっているとは思わなかったが、言ってみるものだ。


「私は、贈り物をするのではなく、陰ながら役立つためにお金を動かすことこそ、お父様のためになるものだと思います」

「……それはつまり?」

「つまり、領地の至るところに寄付すべきだということですね」

「寄付……」


 夫婦として結婚した以上、お母様に自由にできるお金というものがある。貴族結婚をした夫人は、そのお金から寄付金を出すこともあるのだ。


 残念なことに、オフィーリアはやってこなかったが。


「これぞ貢ぐ、です」

「確かに……。ユーグリット様のためになるわね……」


 私の前世で言う貢ぐとは感覚が違うが、これはもう対オフィーリア用のオマージュだろう。

 正直、お母様はもう十分すぎるほど自分にお金を使ってきた。だからこそ、今度は人のためにお金を使ってほしいというのが私の本音だった。それこそが、根本の変化に直結すると思ったから。


 再び下を向いて考え始めたオフィーリアだったが、答えを出すのに案外時間はかからなかった


「イヴちゃん! 私、寄付してみるわ!!」

「!……やってみましょう!」


 こうして、母のドレスの無駄な浪費を何とか止めて、貢ぐことを教えることができたのであった。


 母の意思を固く決めたところで、私は気になることを尋ねた。


「お母様はいつも同じお店からドレスをしているんですか?」

「そうよ。友人のキャロラインに私好みの良いお店があると教えてもらったの」

「キャロライン様に……」


 キャロラインという名前は以前にも母の口から聞いたことがある。何でもお母様の幼い頃からの友人で、お互いに結婚した今でも交流が続いているらしい。


「もしかして、頻繁にお茶会に出かけられるのは」

「そう! キャロラインが主催して呼んでくれるの。ここまでくると定例会議みたいなものでね。他の友人も合わせて皆で楽しくお話しているのよ」

「そうなんですね」


 もしかして友人に紹介されたこともあって、同じお店で購入をし続けているのかという考えが浮かんだ。


(それなら下手に新しいお店に変えるのも難しい問題よね……)


 少し悩みつつあったが、今日以降は取り敢えず当分の間はドレスの新調自体しないので一度考えることをやめた。


「お母様。今日は呼んでしまわれた分、何着か購入しましょう」

「そうね」


 頷くオフィーリアの雰囲気は、先程までドレスを眺めて楽しそうなにしていたものとは違い、強く決意した熱意が微かに漏れ出ていた。


 その後、販売員が戻ると私達はドレスを購入したが、オフィーリアの決意は余程堅かったのか、一着のみの購入にしていた。販売員が驚き焦る様子が見られ、最初のように大量の誉め言葉が降っていたが、それでもお母様はなんとかこらえて一着に留めるのだった。

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