『愛しているのなら。心臓を捧げよ』

小田舵木

『愛しているのなら。心臓を捧げよ』

 僕の心臓はガッチリとつかまれていた。彼女の手によって。

 

「…殺すつもりなのかい?」僕は彼女に尋ねたさ。

「そういうつもりはないんだけど。どういう心臓なのか気になっちゃって」彼女は笑顔でそう言う。

「いいかい?普通の人間は。心臓なんか掴まれた日には死んじまうよ。驚いて」

「…蔵本くらもとくんは普通の人間じゃない訳?」目の前に向かい合う彼女。不思議そうな顔をする彼女。

「…ある意味ではそうかもね」僕はシニックにそう言う。別に僕は特別な人間ではないが。おおよそ普通とはかけ離れている。こんな女に惚れているのだから。

「蔵本くんの心臓は高鳴ってる…ドキドキしてるのね」

「ドキドキしないヤツがあるかい?初デートの日に」

「私は特にそういう気持ちにはなれない」

「…どうして告白を了承したんだよ?君は」

「興味が湧いたから」

「好奇心の行く末が僕とのデートかよ…なんだかなあ」僕は嘆息たんそくして。

「まあ良いじゃない…」そう言いながら彼女は僕の胸から腕を抜いて。そこには血液がびっしょりついているかと思ったが。綺麗なままだ。一体。どういう理屈で僕の体内の心臓を掴んでいるんだか。

「よかないねえ。せっかくの高校生の夏だぜ?恋に落ちたい訳よ」

「恋…ね。から。そんな感情とはおさらばしたわよ」髪をかき分けながら言う彼女。

「初耳だぞ?それは」年齢詐称じゃないか。

「言ってなかったっけ?」

「聞いてない。十和田とわだこころは17歳。ずっとそう思ってきた」

「私はね。心臓を『奪う』生き物だから。永い時を生きれるの」

「…『奪う』。するってえと何だい?僕は君に心臓を取られるって事になる?」

「なるわね。いつも通りにいくならね」

「死亡宣告。僕は近い内に十和田に殺される」

「でも今のところは。君の動いている心臓に興味がある」彼女は僕の胸元を見ながら言って。

「そのまま永久に。僕の動いてる心臓に興味を持ち続けてくれ…まだ死にたかないね」

「さて。そこはどうなるか分からない。私のお腹の空き次第」

「…最後に。『食事』をしたのは何時だろう?」

「明治年間。幼馴染の心臓を頂いたわね」

「幼馴染ねえ。どうせ君は年齢を偽って、その人に近づいたんだろう?」

「そりゃ当然。私。産まれたのは平安時代とかその辺だから」

「化物に惚れちまったんだな、僕は」

 

                   ◆

 

 僕の惚れた女は化物だった。信じたくはないが。実際に心臓を掴まれちゃあ、否定し続ける事も出来ない。

 

「あーあ」僕は教室の自分の席でため息をつく。外は初夏。青葉が眩しい季節で。恋をするにはうってつけの季節なのだが。

「どうした?蔵本?」僕の席の前に座る友人が尋ねる。

「いやあ。恋ってうまくいかねえな、と」

「昨日、十和田とデートしたんだろ?いい事あったばかりじゃん」彼はニヤニヤしながら言う。確かにそうだ。学年で一番の美人かも知れない十和田とデートをしたのだ。普通の高校生男子なら盛り上がる。股間もろとも。

「…いやあ。気まずい事件がありましてね」僕は誤魔化ごまかす。事実を伝えたところで信じてもらえまいて。

「なんだ?お前やらかしたのか?」

「まあ、緊張し倒しだったからな」僕は適当に話題を繋ぐ。

「これだから童貞は」彼は言う。コイツも童貞なのだが。

「いやあ。手を繋ぐ事もできなんだ」

「ま、時間を書けて詰めていくんだな」

「…時間かけたら。ヤバそうだ」時間をかけてしまったら。僕は彼女に心臓を奪われる。物理的に。


 

                   ◆


 僕は帰り道を歩く。十和田と一緒に。

 傍らを歩く彼女は凛とした雰囲気。僕は彼女のそんなところに心臓を掴まれたのだが。

 

「心臓を『奪う』生き物…妖怪の類なのか?十和田は」僕は尋ねておく。

「そうなのかもね。平安時代には陰陽師に祓われそうになったから」

「…一大スペクタルじゃねえか」僕は突っ込む。

「アレは面倒臭かった。私、元は普通の人間だったんだけど」

「普通の人間がどうして心臓を掴めるようになったんだよ?」

「飢饉。今とは農業の効率が違う世界では度々起こってた事。その際に私は死体漁りをしていたんだけど。その時に気付いたわね」

「…それまでは気が付いてなかったのか?」

「そりゃあ。私は人の子として産まれたもの」

「化物の子じゃなかったんだな」

「街に生きる普通の人間の子として生を受けた」

「だが。死体漁りをしている時に気付いたんだな」

「そう。死体の胸元を触ったら。ズブリと手が沈んでね」

「死体の心臓を掴んだ。そしてお前は…」

。そして。私は永い生を受けるハメになった」

「今の倫理観じゃ理解できん話だ」

「理解して欲しいとは言わない。私は私で必死だった訳」

「そうして。永い生を受けた十和田は日本の歴史のはざまで心臓を奪い続けた」

「案外。人は他人に興味を持たない。私が永い生を受けようが。誰も気にはしなかった」

「孤独な生を歩んできたんだな」僕は十和田に同情する。

「…気楽な一人暮らし。今は児童保護施設を経て他人の家庭に上がりこんでいるけれど」

 

「…僕はどうしたら君に心臓を奪われずに済むだろうか」僕は聞いてみる。命が惜しいのだ。流石に。

「私の食欲を満たせば良いんじゃない?」どこか他人事の十和田。

「ヒトの心臓じゃなきゃダメなのか?牛豚鶏の心臓じゃダメか?ウチ。焼き鳥屋だから。ハツならあるぞ?」僕の家は焼き鳥屋を経営してる。

「もちろん。動物の心臓も好きだけど。私の飢えはヒトの心臓じゃなきゃ満たせないみたい」

「…勘弁してくれよ」

「勘弁してあげたいところだけど。私の食指しょくしは君の心臓に伸びている」

「どうにか我慢してくれ」

「君は飢えの厳しさを知らない」

「そりゃね。農業改革後の現代日本では飢饉なんぞ起きんから」

「飢えるってね、冷静さを奪うものなの。私はなんとか精神のバランスを保っているけど…何時、君を襲うか分からない」

「十和田のになった気分だ」

「まさしく」


 この後。十和田は僕の家の焼き鳥屋に上がりこんだ。

 僕は小遣いをはたいて彼女に鶏ハツ串をご馳走した。

 どうか。僕の心臓を食べないで下さいと願いながら。

 

                   ◆


 今日も十和田は僕の家の焼き鳥屋に居る。

 僕はバイト中。焼き場で彼女を見守る。

 彼女は普通にしていれば。ただの女子高生だが。実は心臓を奪う化物であり。

「今日もお前の彼女来てんな…ハツばっか食う不思議な子だ」親父は隣で呑気に言う。

「僕は変な女に惚れる血筋らしいね」

「…お前の母ちゃんも大概変人だからな」親父は我が妻を変人と形容する。

「僕は親父がなんであんな女に惚れたか分からんよ」僕の母は。変人である。

「惚れた弱みなのかねえ…」親父はホールに居る母ちゃんを見ながら言う。彼女は元気に接客中。ぱっと見は普通なのだが。蓋を開ければ変人なのである。

「親父か。惚れっぽいのは」

「そうだな。俺もお前の歳くらいの時に母ちゃんに惚れて。そこからは彼女の奴隷よ」

「僕も。彼女にしっかり心臓を掴まれてましてね」僕は十和田を見ながら言う。

「…お互い苦労すんなあ」なんてハツを焼きながら言う親父。

「どうしたもんだか」僕は嘆息をし。

「尽くすしかあるまいて」

「尽くすねえ…」僕は彼女に尽くすところを想像するが。浮かんできたのは彼女に心臓を与える姿で。即ちそれは死を意味する。

「恋は下心だが。愛は真心だ。愛とは与えるものなのだよ真司しんじ

「与えるねえ。限界はあると思うけどな」流石に命を捧げる愛はキツい。

「全てを捧げよとは言わんが。あんな美人さんだ。ある程度は覚悟しとけ」

「…覚悟したら。僕は死んじまうよ」素直にこぼしてしまう。

「熱い恋だこと」親父はニヤニヤしながら言うが。僕の心臓がかかった話だ。

 

                 ◆

 

 僕と十和田の日々はあっという間に過ぎていく。

 僕は何とか高校を卒業する。彼女に心臓を奪われずに高校を卒業出来たのは奇跡に近い。

 だって。度々彼女は腹が減ったと言い。僕はその度に実家にぶち込んで。ハツをしこたま食わせて、空腹を誤魔化ごまかしてきたのだ。

 

 僕は実家から通える国立大に無理やり合格した。

 元の志望校は首都近郊だった訳だが。彼女の事を考えると、実家を離れるのは危険だ。いつ。空腹を理由に心臓を奪われるか分からない。

 健気なこころは。僕と同じ大学にあっさりと合格した。僕と違って頭が良い…と言うよりは数百年生きているから知恵が違うのだ。

 

「これで。真司くんの側で大学生活を送れる」スーツ姿の彼女は言い。

「これで。僕は心臓を狙われ続ける…」

「良いじゃない?私に惚れているんでしょ?」

「そらね」僕は未だに彼女に心臓を掴まれている。心理的に。

「ま、せっかくのキャンパスライフ。楽しもうじゃない」

「どうせ。また僕のバイト代が君の腹に消えていく」高校時代のバイト代の殆どは鶏ハツになって彼女の腹に消えた。

「それで命が繋げるんだから良いじゃない」

「…やっすい命に産まれたもんだ」

 

                  ◆

 

 僕は大学時代も全力でバイトをした。実家の焼き鳥屋で。

 なにせ。であり。手を抜く訳にはいかなかった。

 心は。そんな僕を見守りながら。僕のバイト代を食べ尽くした。鶏のハツにして。

 

「あんた。心ちゃんに尽し過ぎぃ」とホールに居る母は呆れた声で言う。

「そりゃ惚れた弱みがあるもんよ」僕はハツを焼きながら言う。

「あーあ。何処の誰に似たんだか」

「そりゃ親父でしょうよ。変人のアンタにぞっこんだもの」

「ほんと。あの人は私の何処に惚れたんだか」彼女は言うが。そういうのは理屈じゃないのだ。

「さあね。親父に聞けよ」

「…ちったあ、母ちゃんを褒めなさいよ」

「褒めるところがねえ」

「シバくぞ?」

「勘弁してくれ。焼いてるから」

 

 僕のキャンパスライフは焼き鳥屋を中心にして回っていたと言っても良い。

 僕は経営学科に進んでおり。将来は店を継ぐだろう。

 

 僕だって。せっかく大学に進んだのだから。横文字ネーム職業に就きたい。

 だが。心がそれを許す訳もなく。

 

「バンカーとかトレーダーになって見なさいよ。真司の心臓抜くから」彼女は言う。

「…もう。諦めてございますとも。心サマ」僕は白旗を上げておく。

「精々。店を継いで。私にハツを食べさせ続けなさいな。そうする限りは私の飢えは誤魔化せるから」

「あーあ。惚れた女に人生決められるとは」

「愛ってそういうモノじゃない?」

「与えるもの…一方通行だし、半ば強制じみているけどな」

「私だけじゃダメな訳?」僕と心は当然付き合っていて。それなりに恋人じみた事もしている。

「ダメじゃない」僕は相変わらず、彼女に惚れている。心臓を掴まれている。心理的にも物理的にも。

 

                  ◆

 

 彼女を持った男は何故かモテだす。そんな俗説がある。

 僕もそのご多分に漏れず、人生で初のモテ期を迎えていた。

 同学部の後輩に妙に懐かれてしまい。付きまとわれている。

 だが。僕はそんな状況でも浮かれる事はできなかった。

 なにせ。こっちはのだ。一歩でも転けてみろ、あっという間に心臓を抜かれちまい、食べられてしまう。

 

「真司先輩っ」小動物のような彼女は僕に纏わりつく。

「はいはい。何でっしゃろか?」僕はそっけない対応を心がけている。心は違う学部に居るが、女子間のネットワークは侮れない。ここで下手な真似は出来ない。

「今日。買い物に付き合ってくれません?」

「…今日もバイトあるから」事実だ。僕は夕方から実家の焼き場に入らなくてはいけない。

「それまでで良いですから」彼女はしつこく食い下がる。

「どうしても僕じゃなきゃダメ?後輩呼んでくるからさ」僕は代替案を用意するが。

「真司先輩だから誘ってるのであって。誰でも良い訳じゃないです」上目遣いで言う彼女。

「しょうがない」僕はため息を吐く。

 

 僕と後輩…新藤しんどうは街に出た。

 そこでウィンドウショッピングに付き合わされ。

 今は喫茶店で休憩中。僕は名前も分からない甘い甘いコーヒーをすすっている。

 

「ねえ。真司先輩?」

「どうかした?」

「先輩…に付き纏われているでしょ?」彼女は切り出す。僕が知らない単語を交えながら。

「ハート・スナッチャー?」スナッチ。ひったくるの意。

「私達の業界では。ああいった生き物をそう呼称している」

「…私達の業界?何を言い出すんだよ、新藤」

「先輩。私は祓い屋です。陰陽師の流れを継ぐ」

「奇想天外過ぎて着いていけん」僕は適当にシラを切るが。内心ドキドキしていた。

「そうでもないでしょう?蔵本真司さん?貴方あなたはハート・スナッチャーである十和田心と付き合っている…これは危険な事です」新藤は言うが。

「十和田…心は焼き鳥好きの一般人だよ」僕は彼女をかばう。なんやかんや言いながら。僕は心に首ったけなのだ。

「そうじゃない。気付いてないの?」

「…気付いてない訳ないじゃないか。僕はね。

「なら。尚更。何故付き合い続けるの?彼女は―

「だが。焼き鳥屋でハツを食わせている限りは。ただの人に近い生き物だ。永い命を得ているとは言え」

「私は人倫から外れた者を還すのが仕事でして」

「どうしても。心を見逃してやれないと?」

「ですね。私は彼女をどうにかしないといけない」

「勘弁してくれまいか」僕は新藤に乞う。

「惚れた弱みがあるんで。勘弁したいところですが。彼女は私の恋敵であると同時に。仕事の対象でもある」

「参ったな。交渉は決裂だ。僕は―心に心臓を掴まれているんだ。心理的にも物理的にも」

「まったく。人生はうまくいきませんね」新藤は目を伏せながら言って。この気まずくなってしまったデートは幕を閉じた。

 

                  ◆

 

「…という事がありまして」僕は焼き鳥屋のカウンターで心と向かい合っている。心

の眼の前には皿があり。そこには塩とタレのハツがてんこ盛りになっている。

「…また祓い屋かあ」心はハツを美味そうに貪りながら言う。

「どうにかしないと。君は狩られるぜ?新藤がどの程度の実力を持ってるかは知らんが」

「新藤家。祓い屋の中ではエリート筋にあたる」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も。私が平安時代につけ狙われたのは新藤家の祖先でね」

「宿敵じゃねえか」

「まさか。家がこんなに続いているとはね」

「どうすんのよ?」

「近い内に。私は彼女に襲われるでしょうね」

「…僕に出来ることは?」

「ない。精々私に心臓を差し出す事くらい。私は弱ってきているからね」

「弱ってきている?」

「だって。食事を鶏のハツで誤魔化ごまかしているんだもの。化物としての私は弱ってる。そこに祓い屋。これは絶体絶命の事態」

「僕は。君が死ぬのを見守るしかないのかい?」

「そうね。私が亡くなれば。君は心臓を狙われずに済む。その上可愛い彼女までついてくる」

「僕を見損なうなよ?今まで君に心臓を掴まれてきた男だぜ?」

「…命を差し出すの?」

「それが愛ってもんだろう?」

「私は―かつては貴方の心臓を食べてしまいたいと思っていたけど。今は惜しいのよ」

「あれ?僕が一方的に惚れているモノだと思っていたけど?」

「時ってのは恐ろしいわね。私のような化物の心さえ変えてしまう」

「愛されるのも良いもんだ」僕は思う、彼女を愛し、愛される。これって素晴らしい事ではないか?

「…はあ。何とか方策を考えるしかない」彼女はカウンターに頬杖をつきながら考え込む。

 

                  ◆


 僕たちに残された時間は少ない。

 何時、新藤が心を襲うかは分からない。

 だが。有効な手立ては考えつかないまま時は過ぎていく。

 

「真司先輩」一般教養の授業が被った僕たちは階段教室に居る。

「どうかしたかい?」僕は冷静をよそおって返す。

「私。今晩。貴方のお家にお邪魔します」

「…心に会いに来るわけか」

「そこで交渉をします。決裂すれば。私は心さんを討たなくてはならない」

「僕に出来るのは。君たちに焼き鳥を焼いてやることだけ」今のところはそうだ。心に心臓を差し出せば。心は新藤を討てるだろうが。彼女も僕もそれを望んでなどいない。

「私は鶏皮が好きなので。タレで用意しといて下さい」

「へいへい」ウチの看板メニューの一つだ。我が福岡では鶏皮串が有名なのだ。

 

 運命の時は迫りくる。

 僕は実家の焼き鳥屋の焼き場で心を見守っている。

 彼女の好きなハツと鶏皮を焼きながら。

 

「お邪魔します」新藤はその言葉と共に我が店に来。

「いらっしゃい」と僕は迎える。そして。心が座るカウンターに招き。僕は焼いておいたハツと鶏皮を置いて。

「新藤さん。端的に言うけども。私はハート・スナッチャー辞めるわよ?」心はそう言う。これは決めておいた事である。心は化物であることを辞め、人間と同じ時空間に生きると決めた。

「それで私が引き下がるとでも?」新藤は鶏皮をむさぼりながら言う。

「引き下がってくれないと。私と蔵本くんは困るわけ」

「私に見逃せと?」

「そう。私は―ここの店のハツを食べている限りは。飢えを誤魔化せる」

「…いつか。飢えが我慢できなくなって。真司先輩を襲うかもしれない」

。真司くんは私の非常食としてでも私の側に居続けたいらしいわよ?」

「…深い愛ですねえ。だけど。貴女あなたは化物じゃないですか」新藤は力のこもった目を向けながら言う。

「…ここまで生きてきて。数多あまたの心臓を喰らってきた罪は拭えない、と?」

「そう。そして今は真司先輩を騙くらかしている」

「騙くらかしてはいない。私は率直に正体を明かしている」

「それがなおさら性質たちが悪い。化物が人心をもてあそんでる」

「弄んでなんかない。私は数百年生きてきて初めて。他者を愛した」

「私が入る余地などないと?」

「そうよね?真司くん?」僕に話を振るんじゃない。

「…んまあ。そういうこった」僕は新藤にお代わりの鶏皮を出しながら言う。

「あーあ。この手段は取りたくなかったけど。鶏皮を食べ終わったら店、出ましょうか?」新藤は僕たちに告げる。

「…なあ。新藤。お前が無理矢理にでも心を祓うと言うのなら…僕は」

「僕は?」 

 

」僕はとっておきのを新藤に叩きつける。

 

「真司先輩。貴方がそこまで愚かな人だとは知らなかった」

「愛は人を愚かにするものさ」僕は彼女に告げる。命を捧げてでも心を守ると。

「…参ったな。心臓を食べたてのハート・スナッチャーを相手にするのは分が悪い」

「なら。見逃しなさいな。私はもうヒトの命なんて興味はない。命が尽きるままに死んでいく。真司くんと同じ時間を生きたいの」心は照れくさい台詞を吐く。

 

「…負けたなあ」新藤はそうつぶやいて。「ビール下さい」と言う。

「はいよ」と僕はこたえて。彼女にビールを注いでやる。

「酒をむということは。交渉成立と見ても良いのかしら?」心は新藤に問う。

「今日のところは見逃しましょう」僕からジョッキを受け取った新藤はそれを一気にあおる。

 

                   ◆

 

 それから僕たちは奇妙な三角関係を形成することになり。

 新藤は相変わら僕と心を見張っている…もう社会人になったと言うのに。

 僕と心は大学を卒業すると、2人で我が実家の焼き鳥屋に就職し。

 今は、僕と心が店を回している。母と父は一線を引いた訳ではないが。少し店との関わり方を緩くした。割と店を空けるようになったのだ。僕と心に店を任せて。

 

 僕は今日も焼き鳥を焼く。そして心はそれを運び。

 僕達は夫婦になりかけている。

 それをジトッとした目線で見守るのが常連になってしまった新藤であり。

 

「真司せんぱぁ〜い。ビールおくれ」カウンターでヘタる彼女は言う。

「呑み過ぎだろう新藤」

「呑まなきゃやってられませんよ。何で私は祓い屋とキャリアウーマンの二足のわらじを履かにゃならんのですか。休みもへったくれもない」

「貴女がその道を選んだんでしょうが」傍らに居た心が突っ込む。

「そりゃそうだけどさあ。心さん。聞いてくださいよお」

「忙しい。真司に相手してもらいなさい」心はすっかり酔っ払いの相手がうまくなっており。

「真司先輩っ!相手して!」ビール片手に鶏皮を食う彼女に絡まれる僕。

「…相手するけど。今日はがある」

「…もしかして?」

「心と結婚するから、僕。もう新藤の愛には応えられない」

「最初っから。そうじゃないですか。私がどんなに媚びても真司先輩は揺らがない」

「そらね。僕は心に心臓を掴まれているから。物理的にも心理的にも。なあ。新藤。僕らの結婚は問題ないんだろうか?」今日、彼女に結婚の話を告げたのは。この問題を相談する為である。化物と人間の結婚。新藤の分野だ。決して新藤を叩きのめす為ではない。

「…問題がない訳じゃないですが」

「ですが?」

「もう。心さんはほぼほぼタダのヒトですからね」

「化物とヒトのハーフ…お前のフィールドじゃないか?」

「そりゃそうですが。もう何年か貴方達を見守って。私にも情が湧いているわけで」

「…済まんが。引き続き見逃してもらえまいか」

「いいですよ。その代わり。鶏皮ご馳走して下さい」

「それくらいお安い御用だ」

 

 僕と心の生活は続いていく。

 そして僕らは結婚する。ハート・スナッチャーとヒトのハーフが産まれるだろう。

 僕はその2人の非常食として生きていく。

 何かがあれば心臓を差し出す。それは僕が彼女を愛してしまったからだ。

 心臓を捧げる愛。それが僕の人生を満たした。

 後悔しているか?そんな訳ないじゃないか。

 彼女も僕を愛しているのだから。

 


                   ◆

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『愛しているのなら。心臓を捧げよ』 小田舵木 @odakajiki

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