ガチ勢(?)の本音

 ベンチに座ったキタローは、まず飲み物を求めた。ソーハが用意していたボトルの中身は、もうとっくに飲み干していた。

「言ってくれれば、ボトルを補充したんですけど……」

「言い出せなくてさー。っていうかー、ソーハちゃんが飲み物いっぱい持ってきてたの意外だったなー」

 あとさき考えずに気分で行動する人だと思っていた。まさか……

「それじゃあ、どうぞ」

「まさか15本も持ってきてるとは思わないよねー。あり得ない量じゃない?」

「このボトル、家にたくさんあるんですよ。よくボトルを忘れてサイクリングに出て、適当なショップで購入するから」

「うん。それでこんな立派なコレクションになったんだー。……キッショ」

 やっぱりソーハはあとさき考えない人かもしれない。

「ちなみに、こちらがアールグレイ。これがセイロンティー。それからルイボスティーに、ウーロン茶。あ、麦茶と緑茶もありますよ。これがほうじ茶で、こっちが炭酸抜きコーラ」

「ドリンクバーか! 人力で移動させる飲み物の量じゃないしー!?」

 ツッコミを入れたあと、じわじわと笑いが込み上げてくる。これを天然で、笑いを取るためではなく、自分と楽しいサイクリングをしたいだけの気持ちで用意していたかと思うと、笑いがこらえきれない。

 なので――

「あ、どこ行くんですか? っていうかそんな芝生で転がったら危ないですよ! キタローさーん!」

 笑い転げたキタローは、公園をごろごろと回り出し、案内板にぶつかるまで止まらなかった。本日もっとも肺活量を使った瞬間である。




「なるほど。さすがキタローさん。ベテランキャンパーの発想ですね」

 と、ソーハは芝生に腰を下ろした。キタローの奇行を『どうせならベンチより芝生で弁当を食べたい』というメッセージと受け取ったらしい。

「まあ、ね。芝生って気持ちよくなーい? あーしは好きなんだー」

 と、適当にごまかしておくキタロー。せっかくの黒髪ショートボブも芝の破片だらけだ。

「それじゃあ、お弁当にしましょうか」

「そのセリフからさらっと重箱が出てくるのって、あーしの国にはない文化かもー」

 ソーハが持ってきたお弁当とやらは、特に派手でもないけど、しかし力が入っていることは分かるような内容だった。

 カニカマやツナマヨを巻いた太巻きと、いなり寿司の入った、1段目。

 厚焼き玉子や鶏の唐揚げが入った2段目。

 カニさんウィンナーやらウサギさんリンゴやら、明らかに遊んだ形跡のある3段目。

「運動会のお母さんじゃーん」

「え? あ、はい。お母さんのお弁当って打ち込んで、レシピを検索しました」

「ふーん……」

 その言い方に少し引っかかる名探偵キタローだったが、あえてツッコミ入れない。ソーハの家庭の問題まで踏み込む気はない。

 ただ、

「あーしも、こんなお弁当は久しぶりだなー。ソーハさん、料理得意だったりするんだねー」

「ありがとうございます。――じつは、キタローさんに感化されたんですよ」

「あーし?」

「はい。こないだ一緒にキャンプしたとき、キタローさんの作ってくれた朝ごはんのホットサンド、美味しかったので」

「あー……」


 キタローが作る料理は、ただのアウトドア料理だ。趣味のコスプレの、そのついでに趣味になったキャンプの、さらについでに趣味程度で作った料理である。

 あれは端的に言えば、『男の料理』ってやつだった。

 一方、今日ソーハが作ったのは『母の味』のようなもの。仮にキャンプ飯で実現するなら、恐ろしい手間と荷物の量になっただろう内容だ。

 実際、ソーハは何時に起きて、どれほど時間をかけて準備をしたのだろう? 買い出しだって自転車で行ったのだろうことは想像に難くない。

「ソーハちゃん、女子力高くない?」

「え? じょ、女子力ですか? うーん、どうでしょう?」

「いやいや、高いって。つか、そもそもさー」

「?」

「いや、何でもない。かなー」

 と、最後の言葉を飲み込む。

(そもそも、男同士で出かけるのに、わざわざお弁当なんか作る人、初めて見たしー)

 そして、同じ重箱を二人でつつくという、まるでデートみたいなシチュエーションも初めてだ。

「美味しいねー」

「ありがとうございます」

 キタローが褒めて、ソーハが喜ぶ。

 はたから見たらどう見えるのだろう。きっと女子高生が二人でサイクリングして、二人でピクニックしているように見えるのだろう。


「つーか、自転車乗りってもっとドライだと思ってたわー。なんっていうかー、食事なんかカロメで済ませて、飲み物はスポドリ一択、みたいなー」

「あ、普段はだいたいそうですよ」

「そーなん? じゃー、今日は特別な感じー?」

「はい。その……キタローさんと一緒だし、ゆっくり楽しめたらいいなって思ったんです」

 そんな自転車の楽しみ方があったのか、とキタローは感心した。が、同時に、

「あーし、そんな重い荷物を積んで自転車は漕げないなー」

「え? ああ、やっぱり、そうですよね」

 自転車の楽しさは、キタローに理解するのは難しかった。




 ――ので、




 後日のこと、

『つーわけで、あーしやっぱりクルマもチャリも向いてないわー』

 と、スマホのメッセージ機能で弱音をこぼしたキタローを、ソーハは少し寂しそうに、ノボルは何か割り切っているように受け入れてくれた。

『また自転車が好きになったら、ボクは協力しますよ』

『まあ、俺の同級生だって半分以上が免許取ってないし、いいんじゃないか。乗りたくなったらその時に取ればいいだけだしさ』

 思えば、キタローが移動手段を欲しがってひっかきまわした今回の事件、キタローがわがままで終わらせてしまう形になったのは、

『ほんとゴメンねー。めんごめんご』

 って話なのだが、

 それはそれとして……

「お、タイムライン更新されてんじゃーん」

 ノボルが珍しく記事を投稿したらしいので、内容を確認する。

「え?」

 そこには、信じがたいことが書いてあった。

『俺、ソーハさんに習ってマウンテンバイク始めました』


「……え? いやー、うん。まあ」

 二人の間に何があったか、キタローは知らない。ただ、

「なんでお前がハマるんだよー!!」

 ちょっと自分だけ置き去りにされたみたいで、納得のいかない気持ちになった。

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