解ける誤解と解けない誤解
休日になると、どこか遠くまで、行く当てもなく自転車を走らせるのが趣味だ。
途中でいい感じの上り坂があったら登ってみて、
お洒落なお店があったら入ってみて、
綺麗な公園があったら休んでみて、
楽しそうな遊歩道があったら散歩してみる。
知らない町や、見たことのない道は、ソーハにとって絶好の遊び場だった。
というわけで、知らない峠を登ってきたら、一番上に駐車場があった。
駐車場を散歩していたら、登山道の入り口を見つけた。
楽しそうだったから、自転車を駐車場に置いて、少し散歩のつもりで足を踏み入れた。
するとそこには、刀を持った大柄な男性が立っていた。彼は『仕方ない。やるか!』と、何かに向かって刀を振り下ろしていた。
恐る恐る声をかけたら、その大男は振り返り、こちらを睨んだのである。
「ひ、ひとごろしー!!」
「ちがーう!」
かくかくしかじか……
「……というわけだ」
「へー。そんな道具があるんですね。知りませんでした」
幸いにして、ソーハが逃げ出したり、パニックになることは無かった。ノボルが「落ち着いて聞け」と言ったら急に落ち着いたくらいだ。
あまりに素直なので、ノボルも機嫌が良くなってしまった。
「ところで、あんたは何でそんな軽装で、この登山道を歩いてんだ?」
「ボク、お散歩が好きなんです。もともとは自転車が好きだったんですけど、たまに自転車じゃ入れない所とかも行ってみたくなって……それで」
「あー、確かに遊歩道とか公園って、自転車が入れなくなったところが多いもんな……じゃねーよ。こんなガチガチの上級者向け登山コースを散歩感覚で歩くな。ましてそんな寒そうな軽装で」
「寒いですね」
「だろうな。本当になんでそんな恰好なんだよ」
「だから、自転車が好きだから……」
そこまで聞いて、ノボルも思い至った。ロードバイクに乗っている人たちが、たまにそういう恰好をしている。自転車とヘルメットが無ければピンとこないが、言われてみれば納得の格好だ。
「そうか。自転車が無いから気付かなかったよ」
「えへへへ。そうですよね。ボクもちょっと恥ずかしいです」
「あ、恥ずかしい恰好だって自覚はあったんだな」
「……人に言われると、ちょっとイラっとしますけどね」
「っていうか、もしかして自転車で登山道の入り口まで来たのか?」
と、ノボルは思い至った。
そもそも入口まで登ってくることが難しい場所だ。平均斜度は5パーセント程度とはいえ、もっともきつい所で15パーセントにもなる峠を、少なくとも20キロメートル以上も登ってきたことになる。
「ボク、登り坂が好きなんですよ」
「そうなのか? あー、達成感とか?」
「うーん……何で好きなのかって訊かれると、ちょっと答えに困ります。ゴメンナサイ」
「ああ、いや、こっちこそ悪かったな。趣味なんてそんなもんだよな」
ノボルも、改めて山登りが好きな理由を言葉で説明しろと言われると困る。仮に説明するなら、それこそ長編小説が一本まるっと書き上がってしまう。
「それじゃ、俺はそろそろ行くから……」
「はい、行きましょうか」
「え?」
ノボルとしては、まさかついて来られるとは思わなかった。
「いや、帰らないのか?」
「せっかくですし、一緒に行きましょうよ」
「言っとくけど、俺は別に目的地なんかないからな」
「ボクだって目的地なんか無いです。初めて歩く場所ですし」
「……」
確かに、女の子を一人で帰らせるのは良くないかもしれない。どう見ても山歩きは不慣れのようだし、道に迷って遭難でもされたら後味が悪い。
「分かったよ。それじゃあ一緒に行くか。足手まといになるなよ」
「はい」
この時、ソーハがあまりにも可愛い声で答えるから、ノボルは彼女を女の子だと思い込んでいたのだ。
実は男だったなんて、ノボルの想像の範疇を越えていた。
何しろ、ソーハの脚はとても綺麗で、すね毛の一本だって生えてない。というか、自転車乗りなので剃っている。もともと薄いのも事実だが。
顔立ちは中性的で、体つきも小柄。背は低く、ノボルより頭一つ分以上も小さい。細い手足や綺麗な肌は、そこらの女性よりも女性的だった。
なので、ノボルが彼を女だと思っても仕方がないのだろう。
ただ、
(ずいぶん貧相な胸だな)
とは、さすがに気になったところだが……
「なあ、ところであんた。その『ボク』ってのは……」
「あ、やっぱり気になりますか? ボクも自分で、ちょっと変だなって思ってるんですけどね。……子供のころからの癖で」
「そ、そうなのか。まあ、俺は別にいいんじゃないかと思うぜ。変なこと訊いたな」
「いえいえ。気にしないでください。よく聞かれます」
と、ノボルが気になった一人称についての疑問にも、ソーハは完璧に答えてくれた。
(そうだよな。女子なのに『ボク』って言うの、ちょっと変だけど、子供のうちはよくあることだよな。一度定着すると変えづらいだろうし)
(やっぱり、高校生にもなったら『俺』って言った方がいいのかな? たしかにカッコイイし、ちょっと検討してみましょうか)
まあ、盛大にすれ違ってしまったのは仕方ない。
「あ、そうだ。ボク、ソーハって言います」
「ソーハ? それは苗字か? それとも下の名前?」
「下の名前です。仕黒 奏羽です」
つまり、下の名前で呼ばれたいということなのだろう。
(変な奴だな)
とは思ったが、相手に合わせる。
「俺はノボルだ。町外 昇」
「ノボルさんですね。なんか、本当に登山家さんって感じの名前です」
「ほっとけ」
「あ、名前、呼んでくださいよ。こーるみー」
「……ソーハさん」
「はいっ」
ただ名前を呼ばれただけなのに、ソーハはとても嬉しそうだった。
(本当に、変な奴……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます