3 魔法の在り方

 かつて、人は小さな海の生命体から進化したものであると提唱した学者がいた。その進化の過程で洗練され、種として確立された三つのルートの先が、現在の三大国であるのだと。

 連合国家クティヌス。獣や虫類の力を持つ獣人部族が集まり、国民の選挙によって定期的に元首を変えながら発展している勢力。昨年新たにヴィジェル・ヴィトニルが元首に就任した。

 ウェンカムイ王朝。鬼やデーモンをはじめとした魔人たちによる君主制国家。現皇帝はテクートリ・ミクトラン。

 そして、現在は六十二代目となるグランスタ―陛下によって統治される、我ら人間の住まうヴェストリア王国である。


「帰りたい、帰りたい、帰りたい帰りたい……」

「雲を見つける度にそれ言うの、やめてくれる? 数えるなら普通に数えなさいよ」


 二人乗りようの棕櫚帚に括り付けられていたアイリスは、運転手であるクレアに諫められてしぶしぶ口を噤んだ。

 あれからアイリスは、クレアに引きずられるようにして村を発ち、彼女の操る風魔法で空を飛んでいた。じたばたと暴れて落下しないようにがんじがらめにしておく辺り、クレアも慣れたものである。


「……実際、市販の魔道具より、クレアが運転した方が早いしなあ」

「えー、何てー?」

「クレアは風魔法が使えていいなあって言ったのー!」


 魔法について学んだ者ならば、市販の箒型魔道具に魔力を流すことで、エンチャントされた風魔法の効力が切れるまでは簡易飛行をすることもできるが、やはり直接力をコントロールすることのできる魔術師の飛行速度には敵わない。

 アイリスは、風魔法が最も便利だと考えていた。物を浮遊させたり、空調の管理をしたりと実用の幅は広い。


「何、嫌味ぃ? 光魔法を扱えるアイリスに言われると、ちょっと傷つくんだけど?」


 飛行者用ゲートで通行証を提示しながら、クレアが半眼でアイリスを一瞥する。


「や、あの、そういうわけじゃ……」


 他人様の前であるというバツの悪さもあって、アイリスはもごもごと言葉を濁した。

 受付担当の者や周囲の警備官は、拘束されているアイリスを見て苦笑いを浮かべている。おそらくこの光景を見るのが初めてなのだろう若い警備官だけがこちらを指さして上官に訊ねていたが、「いつものことだ」という一言で説明を付けられているのが聞こえる。

 手続きを済ませ、箒を加速させながら、クレアはくすくすと肩を震わせた。


「冗談よ。わかってる。でも、ヴェストリアの考える魔法の序列は、アイリスが考えているものとは違うってことも、忘れないで」

「あっ……」


 そこでアイリスは気が付いた。周囲の耳がある場で不用意なことを口走った自分を守るために、クレアはわざと責めるような態度をとったのだ。

 歴史的な背景もあり、国は魔法を武力として捉えている。

 そのため、広範囲に発動可能かつ殲滅力も高い光属性魔法が最上位とされ、次点に火属性魔法が続く。これら上位の属性を扱える魔術師が生まれにくいというのも、格付けに拍車をかけていた。


「(でも……やっぱり私は、それは違うと思う)」


 アイリスは眼下に広がる街並みをぼうっと目で追いながら、睫毛を伏せた。

 今しがた通ってきたゲートだって、言い様によっては、国が風魔法を用いた飛行を移動手段として認可しているとも見ることができる。認めようとしていないだけなのだ。

 住宅街の上空を抜けて、家屋がまばらになった頃、太く長い石畳の通路が見えてくる。

 この、立派な緑の並木に飾られた一本道の向こうが、魔術協会の本部だ。

 箒が降下するのに合わせて、アイリスはのそのそと体を起こした。王城にも匹敵するような建物の前までは低空飛行で移動し、そこで着地する。


「はい、到着」

「……あ、ありがとう」

「あははっ! すっごい嫌そう。今からでも引き返す?」

「そんなことをしたら、村のみんなまで罰されちゃう」

「うん。私も、自分の故郷を焼きたくない」


 真剣な面持ちで目を伏せたクレアに、アイリスは言葉を返せなかった。

 心なしか言葉少なになったまま、二人は協会の奥へと回廊を進む。

 道中、広間で数人の魔術師たちが、和気藹々とした空気で魔法の実験をしているのが見えた。

 まず一人目の魔術師が水魔法を唱えた。放たれた鉄砲水を、対する地属性の魔術師が地面を持ち上げて盾にし、防ぐ。


「まだまだだな! 大自然の力を甘く見てもらっちゃ困るぜ!」


 快哉を叫ぶ地の魔術師。彼に反応したのは、残る一人の魔術師だった。

 その魔術師が杖を振ると、地の魔術師の周囲に、にわかに霧が立ち込める。


「熱、あっつ!?」


 地面を濡らした水を、炎魔法で気化させたのだろう。熱を孕んだ水蒸気の中で、地の魔術師は踊るように足踏みをしていた。しかし、盾を解除して逃げようにも、上からの放水攻撃は続いている。


「――まだ、もう一歩が足りませんね」

「うひゃあっ!?」


 背後からぬっと現れた長身痩躯の男性に、アイリスは飛び退いた。

 一方のクレアは、ぱっと朗らかな笑顔になって居住まいを正している。


「カルパディア様! おはようございます!」

「おはようございます、クレアさん。アイリスさんも。さて、先輩魔術師として、貴女たちはあれをどう見ますか?」


 彼が手のひらを翳した向こうでは、未だ地の魔術師が持ちこたえていた。

 クレアは目を細めて、わずかに唸ってから、はきはきとした口調で答える。


「やろうとしていることはわかります。ですが、一人の相手に二人がかりでああでは、効果は薄い。私なら……風魔法で蒸気を拡散させてから、雷魔法を通します。そうすれば、対軍魔法として一つの選択肢になるかと」

「素晴らしい。さすがクレアさん、機転が利きますね」


 カルパディアに微笑みをかけられたクレアは、もじもじと頬を染めて謙遜をした。


「アイリスさんはどうでしょう。『虹色の魔女』として、あれの利用法は?」

「み……右に、同じ、です」


 これまでの経験から得た最も無難な答えでお茶を濁す。カルパディアはしばらく無言でアイリスを見ていたが、すぐに興味を失ったように、そうですか、と視線を逸らしてくれた。


「ところで、今日はどうされたのですか?」

「アイリスが、コルヴァイ様から召喚を命じられたんです。私はその、付き添いに」


 クレアが応えると、カルパディアはああ、と思い出したように頷いた。


「そうでしたね。では、私はこの辺で失礼しましょうか」

「お仕事お疲れ様です!」


 腰から深く体を折った一礼でカルパディアを見送ったクレアは、頭を下げたまま上目遣いに彼の背中を窺う。それが角を曲がったのを確認してからさらに数拍を置いたところで、はあ~~っ、と熱っぽい溜め息を吐いた。


「カルパディア様に褒められた!」

「……クレアって、カルパディアが好きだったんだ?」

「カルパディア『様』!! 『様』を付けないのは、たとえアイリスでも許さないからね」

「……ご、ごめんなさい?」

「あの漆のように艶やかな黒髪! 優しげな御顔から発される、甘く低い御声! 戦場で部隊から死者を出したことのない『不落城』の堅牢さは、国王をして『いかなる場所でも彼が立てば国土となる』と評されるほど! さすが、地属性魔法の魔術師から選ばれた史上初の『賢者』だわ! ああっ、守られたい……! ね、アイリスもそう思わない!?」

「ソ、ソウデスネ……」


 思いがけない友の一面を目の当たりにし、アイリスは気圧されながらも頷いておいた。

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