第2話 嫉妬なんてするわけない
あれから一週間が経った。
あっという間、と言いたいところだけど苦痛で仕方なかった。
まさか、結以が近くにいない日常がこんなにもつまらないなんて。
あの日から登下校を一緒にすることもなくなったし、廊下ですれ違っても目を合わせてもくれない。
原因は俺にあるんだよな。
確かに、結以の友だちが告げ口した、というか。悪気はなかったんだろうけど。それでも、自分が悪いと思ってしまう。
あの時の授業が移動教室でなかったら。
あんな話をしなければ。
頭の中が後悔で埋まっていく。
そんな時、結以を求めている自分がいることに気がついた。
結以は、俺が落ち込んでいる時にすぐさま笑い飛ばしてくれる。しょうもないことで悩んでるね、とか。
俺とは真反対の性格。明るくて、良識があって、思いやりがある。そんな結以がいつも隣にいた。
ただ話しているだけなのに、一緒にいるだけなのに相手を退屈させない。欲しい答えが返ってくる。
「おーい。どした?」
「なにもー」
「何もないならいいけど、暗い顔やめーや」
「そんな暗い顔してないわ」
「そんなことないぞ、井本。……お前、四ノ原さんとなんかあったろ」
察しのいいクラスメイト。この人は何かと気にかけてくれるよな。
まあ、入学してからずっと一緒にいた二人が仲違いしたらすぐに気づくものか。
というか、そんなにも顔に出ていたのか。あんまり、表に出さないようにしていたけど。
「なんもないって。今はお互いの時間を楽しんでるだけ」
人の癖はうつる。大袈裟に言えば、俺は結以のコピー人間みたいなもの。
俺が人と話せるのは結以のコミュ力を間近で見ていたからだ。
今もノリで乗り切ろうとしている。
本当は悩んでいるのに。本当は、正直になりたいのに。
「そういうならもう聞かないよ」
「おうよ」
冷たい態度を取ってしまった気はない。けれど、クラスメイトの反応を見るとなんだかそう感じてしまう。
もし、声をかけてきたのが結以だったら。結以ならどんなふうに声をかけてくれるのだろうか。そういえば結以は俺に悩みの相談をしてきたことがあったっけか。
あれ。結以のことを考えると、胸が苦しくなるな。
クラスメイトと少し雑談をして以降、結以との関係を聞かれることが増えた。
まだ入学して一か月しか経っていないのに俺と結以は有名人だったらしい。いつも一緒にいる、まるでカップルのような存在。
傍からだとそう見えていたことに驚いた。何も考えず、昔と同じように過ごしていただけなのに。
高校生にもなればそう見えるものなのか。確かに、結以は大人びた雰囲気があるから、そういう噂の一つや二つあってもおかしくない。過去にも俺以外とそういう噂があったし。
俺に至っては何も聞かない。それもそうで、俺は結以以外の女の子とはあまり話さない。
話しかけられたり、遊びに誘われたりすることがあっても俺からはしない。今まで気になる、いわゆる好意を持った女の子すらできたことはない。
だからこそ、俺と結以がカップルのように見えていたのだろう。
そして、それと同時に聞かれることが増えた話題。
「なあ。井本」
「ん?」
「四ノ原って彼氏とか、いんの?」
もう、これで三回目。
彼氏がいるかいないかなんて、俺が一番知っている。だからこそこの質問は俺にとって苦痛でしかない。
「さあな」
「そっかあ。それならしゃーないか」
本当のことを言えば結以に失礼だと思い、ずっとはぐらかしている。なんで俺に聞いてくるんだろう。本人に聞けばいいのに。
恋愛はわからない。今聞いてきた人もきっと結以のことが気になっているんだろうけど、どうして本人に聞きにいけないのか。
「ま、いてもいなくてもいいや」
「ん、どうして?」
「気持ちを伝えるのにそんなこと気にしてらんねーのよ。どうせ振られるだろうし」
「……すごいな。そんな勇気俺にはないよ」
「当たって砕けろって感じよ。とりまサンキューな」
声をかけてきた男子は笑顔で目の前から去っていった。
それにしても、思わず口にしてしまったな。これだと、まるで俺も結以のことが好きなようにきこえてしまう。けど、俺はそんなつもりで言っていない。
俺には、結以に声をかける勇気がない。
家の前で結以に会っても挨拶をしなくなった。廊下ですれ違っても機嫌を窺うだけ。
もし、そんな勇気が俺にもあったら。って、なんでそんなこと考えてんだ。
今更そんな勇気を手に入れたって、遅い。
……遅い?
なんで、そう思った。
もしかして、嫉妬?
その勇気に嫉妬しているとして、なぜだ?
妬ましく思う必要なんてない。
……もしかして、あの男子が告白しようとしてるから?
いや、それは自由だ。俺には関係ない。関わっても仕方ない。応援をしておけばいいだけだ。
俺は心のわだかまりを抱えたまま一日を過ごすことになった。
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