いつも隣にいてくれた君へ

pan

第1話 勘違いから始まる終わり

 高校に入学してから一か月が経った頃。

 俺、井本いもと京介きょうすけは放課後、校舎裏に呼び出されていた。


「あのさ、京ちゃん」


 目の前にいる女の子が風に揺れる茶髪を手で押さえながら言う。心なしか顔が赤くなっているようにも見えるが、髪でよく見えない。


「私もさ。京ちゃんのこと好き、なんだ」


 京ちゃん。そう呼ぶのは幼馴染である四ノ原しのはら結以ゆい、ただ一人。


 家が隣同士でほとんど家族同然。そう思えるくらい一緒に過ごしている。

 今も同じ高校に通っているし、なんなら小学校も中学校も同じだった。朝も昼も夕方も。四六時中一緒にいると言ってもいいくらい。


 それだけ一緒にいるから気づける結以のこと。


 肩まで伸びたストレート茶髪。それは結以の大人びた顔を引き立たせる。スタイルも大人っぽいというか、大学生と言われても違和感はない。


 そして、誰とでも話せるコミュ力お化け。

 頭も良く、性格も明るくて学校で人気者だ。クラスが違くても結以の話題が出てくるほどに。


 そんな彼女、幼馴染に告白されてしまった。

 今思い返せば、今日の結以はどこかおかしかった。


 朝、いつも通り「おはよう」と家の前で声をかけたら。


「お、おはよう。京ちゃん」


 いつもなら飛びつく勢いで声をかけてくるのに大人しかった。


 昼休みに、今日は珍しく俺から「ご飯食べよ」と言ったら。


「今日はごめんね」


 いつもなら結以から聞いてきて一緒に食べるのに断られた。


 一日中よそよそしいというか。いつもの結以ではなかった。


「あの、京ちゃん? 返事は……」


「ちょ、ちょっと待ってね……」


 俺はすぐに返事をしたいところだったが、できなかった。


 私、ってなんだ?


 俺は結以のことが好きだなんて言ったことはない。小さい頃にお互いにふざけて言い合っていたことはあるけど。

 それがおふざけだってことは結以も気づいているはず。


 だけど、これは恋愛的なアレだ。結以の表情と校舎裏の雰囲気が完全にそう。

 なにか勘違いをしているのかもしれない。けど、聞ける状況ではない。

 どう返そうか思考を巡らせていると、結以が口を開いた。


「……昨日ね。同じクラスの友だちに『井本くんが結以のこと好きなんだって』って言ってきたんだけど……」


「……それは、いつ?」


「六時間目のあとかな」


 目配せしながら確認してくる結以。その間、俺は昨日のことを思い出そうと頭をフル回転させた。


 昨日、結以と仲の良い女の子と話した記憶はない。だとすると、俺が誰かと話してて、それを聞いたとか?


 確か、昨日の六時間目は移動教室。A組の前を通って……。


「……あ、思い出した」


「ほんと!?」


 結以が目を輝かせてこっちを見てきた。期待しているようだけど、その期待を裏切ってしまうことになる。


 だって、その好きは幼馴染として、友だちとしてだから。


「ごめん。そのことなんだけど」


 心臓が跳ね上がる。

 先に謝っておけば大丈夫。そう言い聞かせて声の震えを抑えようとする。


「勘違い、かな」


「……え?」


「次の授業で移動してたんだけど、その時に友だちと話しててね。会話は結以のことで間違いなくて、好きだとも言った。けど、それはあくまで友だ――」


「……そっか」


 声は冷たくて、さっきまでの目の輝きは感じられない。何もかもに絶望したような、そんな表情を浮かべている。


「……その、ごめん」


「いや、いいよ! 私が勘違いしただけだから!」


 空元気なのか、投げやりなのか。曇った表情を一変させ、俺に心配をかけたくないのだろう。


 結以は何も悪くない。そりゃ、好きな人も好きだって聞いたら勘違いもするさ。それが起こっただけ。


「……それじゃ、また明日ね!」


「あ……」


 明日ね、か。


 幼馴染からの告白。それは勘違いから生まれたもの。

 別れ際の横顔から見えた目に乱反射した光が、結以の気持ちに嘘はないと伝えてくる。


 なんだろう、この気持ちは。

 心臓が締め付けられる。とても、とても苦しい。

 喪失感があるような、虚無感でもあるような。

 穴が開いたような感覚に近い。


 とてもじゃないけど、言葉では言い表せれない不思議な感覚に陥る。

 けど、微かに感じていることは。


 俺は、結以との関係が終わってしまうことを恐れている……?





 ――――――――――――――――――――――

 ○後書き

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