第18話 評判よかったのに注文が来ません

「これならどう? 馬にも乗れると思うんだけど」

 二つ目の試作を着た宵黎がチチェクとアズルの前でくるりと回ってみせる。

「前回よりチュニックの丈を短くして、腰帯をつけて、ズボンもゆとりを持たせてみたんだけど」

「そうですね。よくなったと思います」

「ええ。馬にも乗れそうですし、見た目も華やかですね」

 二人がそう言ってくれたので、宵黎はほっとした。一応、合格かな。


「じゃあ、王宮の侍女たちで注文してくれそうな人っているかしら? 欲しいかどうか、聞いてみてくれる?」

「え?」

「侍女から注文を取るんですか?」

 二人がきょとんとしたので、宵黎は戸惑った。

「ええ。何かいけなかった?」

「いけないというわけではありませんけれど」

「ただ、そんなことをされた方がこれまでいらっしゃらないので」

 困惑したように答える二人は首を傾げている。


「そもそも、この衣裳はいくらなんですか?」

 宵黎の返事を聞いた二人は難しい表情になった。

「材料費、仕立て代もろもろ込みだけど、やっぱり高すぎるかしら?」

 侍女のお給料っていくらくらいなのかな。さすがに高すぎた?

 値段設定は正直言って、難しかった。

 生地は陶から来た絹の在庫が山積みだから手に入れるのは簡単だが、この時代、絹は同じ重量の金と交換するほど高価なものだ。

 それを思うとそうそう安値はつけられない。絹の価格を崩してしまうと他の取引にも影響が出る。


 刺繍と仕立ての技術についても安売りはできない。針子たちは練習を積んで、じょじょに腕を上げている。まだまだ満足のいく出来ではないが、これからもっと上達していくはずだ。

「私が注文を聞いて回るのはよくないわよね?」

「それは絶対にだめです」

 アズルがあわてて止めに入る。

「私たちが聞いてみますから、ショウレイ様はおとなしくしていてくださいね」

 そう言われて待ってみたけれど、注文は一件も来なかった。



「どうして注文がないのかしら? やっぱり高すぎる? それとも着たいって言ってくれたのはお世辞だったのかな?」

 后妃を相手に本音を言えなかっただけ?

 久しぶりにマーヴィが顔を見せて「工房の様子はどうだ?」と聞くので、つい愚痴をこぼしてしまう。


「何があった?」

 いきさつを聞いたマーヴィは呆れた顔をした。

「侍女がそんなものを注文するわけがないだろう」

「どうして? 試作品を見せたらたくさんの人が着てみたい、かわいいって言ってくれたのに?」

「かわいいかどうかは関係ない。侍女が主人よりいい生地の衣裳を着るわけがない」

 その言葉にハッとした。


「あーそっか、まずは王侯貴族の衣裳を作るべきだったんだ!」

 宵黎が叫ぶとマーヴィは苦笑した。

「ショウレイは商人にはなれないな。売り先を間違えている」

 もっともな指摘にぐぐっとつまる。

 それはそうよね、高級品の絹の衣裳を真っ先に着るのは王侯貴族に決まってるのに。そんなこともわかってなかったなんて、私ったら!


「一体、どうして侍女に売ろうなんて思ったんだ? 絹の衣裳ならまず王族に向けて作るべきだろう」

「えーと、それは、女子は絹の衣裳を喜ぶだろうなって思って、身近な侍女に意見を聞いたら絹の衣裳を着たいっていうし、侍女は人数が多いから採算が取れるだろうし、この形なら比較的簡単に縫えるから針子たちの練習にはいいなって、そういう色々な打算が働いた結果と言いますか」

「そこがそもそも間違っている。どれだけ手間暇をかけても高価でもいいから、最高級品を作るべきだ。侍女から絹の衣裳が売れて広がるわけがない」

「……ですよね」

 流行は上から下へ。現代でもそうだった。流行発信は皇族貴族から庶民へと広がるもので、高級品ならなおさらだ。


 そもそもここはオーダーで衣裳を作るのが当然の世界で、すべてが一点物だ。オートクチュールの世界なのだ。

 以前、マーヴィが「いい出来の衣裳は大事に着て兄弟や子供に譲る」って言ってたのに! 

 ファストファッションで安い服があふれている現代とは違う。高貴な人たちが金に糸目をつけずに欲しがるような、そういう衣裳を作らなきゃ意味はないのだ。

 宵黎は自分の思い違いに打ちのめされた。

 ああ、私のバカバカバカ。既製品の概念がない世界で、大衆向けを作っても売れないのは当然だ。


「それに侍女は自分で衣裳を買ったりしない」

「え? どういうこと?」

 侍女たちは主人から生地をもらって自分で仕立てるものらしい。気の利いた主人なら仕立てた衣裳を使用人に支給する。それが給金になるという。

 王宮の侍女たちの場合、正月に仕事で着るものと自分で仕立てる生地を支給されるそうだ。

「そうだったんだ」

 だからチチェクとアズルが変な顔をしてたのか。


「陶国では違うのか?」

「えーと、そうね。似たような感じよ」

 あわててそう答えたけれども、マーヴィは眉を寄せて宵黎を見ている。

 ヤバい、何か疑われたかしら。この世界の常識がないせいで、色々とおかしなことをやらかしてるみたい。気をつけなきゃ。

 でも、それなら考えるべきは豪華絢爛な王族の衣裳だ。


「マーヴィはどんな絹の衣裳なら着たいの?」

「ショウレイがいま着ているような形は子供っぽくてとても着る気になれないな」

 チュニックワンピースは子供っぽいのか。確かにそうかもしれない。

「わかりました。もう一度、考え直すわ」

 しょんぼりと肩を落とすと、マーヴィはちょっと笑って励ますようにポンポンと背中を叩いた。


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1400年前にタイムトリップしたら青狼族に身代わりで嫁入りすることになりました 花茶 @huacha

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