第17話 工房を手に入れました

 マーヴィは本当に工房を作ってくれた。といっても工房用のユルトは一日で建ってしまった。

 なるほど、気軽に「新しく工房を作ってやろう」と言ったはずだと納得した。それでも自分用の工房を約束通りに建ててくれたことがうれしい。

 工房は宵黎が希望したように光が多く入るように窓が大きく取られ、作業台も刺繍枠も作ってもらえた。


 青狼族きっての刺繍自慢の娘たちが五人、針子に選ばれている。

「この工房では絹の衣裳を作ります。みなさんには刺繍を担当してもらいますから、しっかり技術を身につけてくださいね。期待しています」

 腕試しに縫い取りをさせてみたら、みんな勘がよくてなかなかの腕前だった。

 うんうん、いいじゃない。后妃の工房に選ばれたと胸を張る娘たちを前にして、宵黎はにっこりした。

 絹に触るのは初めてっていうし、まずは練習よね。


 陶から運ばれた反物の中から見本によさげな牡丹の刺繍が入った生地を広げた。チャコペンがないので細筆を使い、炭を薄めてハンカチサイズに切った生地に下絵を描くと針子たちが興味津々にのぞきこむ。

「まあ、生地に絵を描くんですか?」

 青狼族は普段、下絵を描かないらしい。青狼族の刺繍は代々伝わる模様がほとんどだ。模様には魔除けや健康や狩りの成果を祈る意味が込められていて、子供の頃から見よう見まねで覚えていくそうだ。


「陶の刺繍は花鳥風月が多いの。上達すれば下絵がなくても刺せるようになるけど、下絵があると色の変化を考えやすいでしょ? 花びらの重なりとか影の感じとか。糸の濃淡で立体感を出すから」

 青狼族の刺繍は複雑だが模様の組み合わせなので、立体感を考える必要はない。

「そうなんですね。こんな花は刺繍したことがありません」

「とても難しそうですね」

 針子たちは見本の牡丹をじっくり眺めている。


「最初は私が描くからじょじょに覚えていってね。この花びらの外側は薄い色、重なったところは濃い色にすると立体的に見えるでしょ?」

「確かに本当に咲いてるみたいです」

「まずはハンカチ、いえ、手巾で練習しましょう」

 手巾を渡して、できるだけ同じように刺繍してみてと練習させる。

「生地が傷むから刺しなおしはやめてね。よく考えて、どの色の糸を使うか、しっかり場所を決めて刺してね」


 薄い絹の生地にみんな緊張した顔つきでこわごわと針を刺していく。絹は金(きん)と同じ重さで取引されるほど高価なので当然といえば当然だ。

「思ったより難しいわ」

「この花びらの重なりはどう刺せばいいの?」

「こっちのもう少し濃い紅色に替えたらいいんじゃない?」

 娘たちはわいわいと相談しながら、一生懸命に針を動かしている。


 それを横目に宵黎は大きく生地を切り分けた。

 仕立て担当に選ばれた娘は三人だった。やはり絹を触るのは初めてといい、とても緊張した顔をしている。

 宵黎は用意しておいたデザイン画を彼女たちに見せた。

「どうかな? 正直な意見を聞かせて欲しいんだけど、こういう衣裳はどう思う?」

 娘たちは首を傾げて顔を見合わせている。


「変わった形ですね。陶国風ですか?」

「ううん。私が考えたんだけどおかしい? 着たくない?」

 この時代の感覚がわからないので、宵黎は娘たちの表情をじっと見た。

「いいえ、かわいいと思います」

「私は着てみたいです」


 現代風に言えばチュニックワンピースとレギンスだ。貫頭衣タイプだから縫いやすいだろうと選んだ。

 最初はこれを仕立てて欲しいと頼み、生地の断ちかたや縫い方を教えて待つことにする。

 手縫いで衣裳を仕上げるのはかなり大変よね。今はゆっくり作れるけど、たくさん注文が来たら手が回らないかも。


「生地がつるつるしているので緊張しました」

 数日経って、仕立て担当の娘たちが縫いあがった衣裳を宵黎に差し出した。おおむね満足のいく出来だ。

「どう? これだったら着たい?」

 早速、王宮で試着して見せて回ったら、侍女たちの多くは「着たい」「かわいい」と答えてくれた。


 やった、手ごたえあり? と喜びかけたら誰かが言った。

「でもそれで馬に乗れますか?」

「あ、そうか。馬に乗れないとダメなのね」

 そんなことは考えつかなかった。

 伸縮性がないこの時代の生地では細身のレギンスタイプは動きにくい。こうして立ち歩くだけなら問題ないが、馬に乗るにはゆとりが足りないのだ。

 もっとふんわりした裾のズボンじゃないとダメね。乗馬するなら膝丈は長すぎるかも。


「それと腰帯はないのですか?」

 ナイフや巾着袋を挟むために腰帯は必要らしい。絹に不慣れだから縫うのが楽でかわいく見えるチュニックワンピースにしたが、裏目に出たようだ。

 実用的ではないと思われてしまった? うーん、ちょっと失敗。 

「そうなのね。もう少し改良してみるわ」

 せっかくかわいくできたからこれは私の部屋着にしよう。

 こうして宵黎の試作品作りはスタートした。

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