第16話 やっぱりオーダーメイドが主流なのです
パザルを回っている間、マーヴィはあちこちから声を掛けられていた。
「マーヴィはよくパザルに来るの?」
「ああ。多くの部族が集まるとどうしても争いが増えるからな。見回りも兼ねて顔を出すんだ」
基本的に殺傷禁止、略奪禁止のルールがあるが、それを守らせるために護衛もあちこちに立っている。町の治安を守るためにちゃんと努力してるんだね。
「衣裳って庶民にはかなりの財産なのよね?」
布は高価だし貧しい庶民なら着替えなんて持ってない時代だ。
「そうだな。庶民は親子や兄弟で譲っていくが、王族や貴族も同じだ。いい出来の衣裳は大事に着て兄弟や子供に譲る」
「絨毯や壁掛けもそうなの?」
「ああ。娘が生まれたら嫁入り道具として何年もかけて用意していくんだ」
裕福な庶民なら嫁入りの時には大小十枚ほどの壁掛けや絨毯と、衣裳も三枚くらいは用意するらしい。そんな枚数を一気に縫えるわけはないので、嫁入りに備えて少しずつ作っていくと言う。
そりゃ手芸上手が美人と言われるわけよね。だったら既製品の概念がない世界でも作ってみたら売れる?
「何枚も作ると大変だけど、出来上がった衣装が売ってたら便利だと思わない?」
「言われてみればそうだな。確かに新しい衣裳や絨毯があれば裕福な者なら買うかもしれんが」
「が、なに?」
「衣裳や絨毯は縫った者が願いを込める。魔除けや幸運や健康を祈って刺繍して、一族の模様を入れる。誰が縫ったかわからない衣裳を買うものがそんなにいるとは思えない」
「そっか」
心を込めて作って贈るものなのかあ。そう言われるとちょっと困る。
たんにかわいいとかきれいだからというデザインじゃなく、ちゃんと意味がこもった模様なのだ。見知らぬ人が作った衣装や絨毯では意味がないってことになる?
そもそも誰かが縫った衣裳を手にする機会がほぼないってことだもんね。既製品は古着だとマーヴィが思ったのも無理はなかったのか。
うーん、やっぱりいきなり既製品ってのは抵抗があるのかしら?
「じゃあ例えば、私が縫いましたってタグ、じゃない、えーと、店を開いて「私が縫ったの」って売りこんだらどうかな?」
「それなら最初から注文を受けた方がいいんじゃないのか? わざわざ注文を受ける前に作らなくても、注文通りの刺繍で仕上がる方が喜ぶと思うぞ。絹の衣裳なら注文する貴族もいるだろう」
ありゃりゃ。一周回って普通のオーダーに戻っちゃったわ。でもまあ、マーヴィの言うことは一理ある。
「そうよね。貴族なら絹の衣裳が欲しいって人は絶対いるよね?」
既製品にこだわる必要はないのか。どうしても現代人の感覚で服は店で買う物って思ってたけど、こちらの世界に合わせて私が考えを変える必要があるわね。
「仕立てができる者がいないだけで、絹自体の人気は高いからな。高級感もあるし、あの光沢が美しいから女性は特に憧れるだろう」
「そっかー、人気はあるんだ」
やっぱり最初はオーダーを受けた方がよさそうね。まずは希少価値で名前を売って、それから手を広げていくほうが確実かも。
現状、絹の刺繍ができる職人もいないし、そこから育てていかなきゃだもんね。
一人で刺繍から仕立てまで全て作るのは限界がある。職人を育てるのは必須だ。
オーダーメイドのほうがこちらのやり方に合うし、色々と都合がいいことがマーヴィと話しているうちに分かってきた。既製品への道のりはかなり遠いけど、元々の目標は稼ぐことなんだからそこにこだわる必要はないのよね。
「何をぶつぶつ言ってるんだ?」
「何でもないの。ありがとう、おかげでやるべきことが分かった気がするわ」
「そうか? ショウレイは何だか変わってるな。仕立て屋をやる気なのか?」
「そんな感じ。そうだ、私、欲しいものがあるの」
「ああ、何だ?」
「刺繍が得意な針子が数人、欲しいの。針子を募集してもいいかしら?」
「は? 針子を募集?」
「ええ。それと刺繍工房の一角を間借りしたいんだけど」
「間借り?」
マーヴィが眉を寄せたので、図々しいお願いだったかと宵黎は慌てた。
だがマーヴィはあっさり言った。
「間借りなどしなくても、新しく建てたらいい」
「え?」
新しく建てる? 工房を? そんな簡単にできちゃうの?
「新しく絹の衣裳を作る工房を作ってやろう。ショウレイは好きに指導すればいい」
「え、まじで?」
やった、工房持ちだー! さすが王子様、気前がいい。
小躍りして喜ぶ宵黎をマーヴィは驚いた顔で見た後、くすりと笑った。
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