第15話 既製品は古着ではありません!

 生地屋や糸屋、羊毛屋に染料屋、刺繍針や糸車など、手芸関係の店をひと通り見て回る。思ったよりもずっと布や糸の種類があって驚いた。仕立て屋の女性も多い。

 羊毛の産地だし、手芸が盛んなだけあって素材はたくさんあるのね。

「生地と糸を買って仕立てを頼むのよね?」

「ああ。たいていは自分で仕立てるが誰もが手芸上手じゃないからな」


「そうよね。既製品なんてないんだもんね」

「きせいひんとはなんだ?」

「仕立てた状態で売ってる衣裳のこと」

「ああ、古着か。古着屋はこの通りじゃないぞ」

 え? 仕立てた状態で売ってるってそういう理解になるの?

 思いもよらないことを言われてぽかんとする。


「それに古着はほとんどが奴隷や下女の服だ。まさか買う気じゃないだろうな?」

「えーと、古着が欲しいんじゃなくて、新しい状態の仕立てた衣裳はないのかなって思ったの。つまり新品で誰の注文でもない衣裳って意味なんだけど」

 マーヴィは不思議そうな顔になって「じゃあ誰が着るんだ? そもそも注文しないのに誰が金を払うんだ?」と訊ねた。

 そっか、そういう感覚なのね。衣類に対しての概念が現代人とはまるで違うのか。


「ほかに何か気になるものはないのか? さっきから見てばかりだが買っていいんだぞ」

「ありがとう。今日はどんなものがあるのか知りたかったの。この前、王宮の衣裳工房を見せてもらったから色々考えてるところ」

 衣裳工房の職人は女性ばかり十人ほどで、王族の衣裳をすべて作っていると話していた。宵黎が着ているものもここで作ったもので制作過程を見せてもらった。

 羊毛から糸をとり、機織り機で生地を織り、染色も行う。染めた生地と糸を使って仕立てて刺繍もする。すべての工程を見ることができて、宵黎としてはとても興味深くて楽しかった。


「ああ。工房でずいぶん興奮していたとディララが言ってたな。作りたい衣裳があるとか聞いたが、欲しい図案があるなら職人に言えば作ってくれるぞ」

「えーと、欲しいのは私の衣裳じゃないんだ」

「じゃあ、誰の衣裳が欲しいんだ?」

「さっき言った既製品を作ろうと思ってるの」

「新品で誰の注文でもない衣裳か?」

 マーヴィは理解ができないようで困惑顔だ。

 生まれてからずっとオーダーメイドしか知らない世界で育ってるんだもんね。


「そう。工房にすごくたくさんの絹の生地が積んであったんだけど」

「絹? ああ、毎年、馬と交換で陶から送ってくるやつか」

「あの生地はそのまま西方に売るって聞いたけど、すこし使ってもいいかな?」

「王に確認するが問題ないと思う。絹の衣裳を作るのか?」

「うん。どんなものが売れるのか知りたくてパザルに来てみたんだけど、衣裳ってやっぱり生地を買って仕立てるものって思ってるんだよね? でもさっき見た限り、絹の仕立てを受けている人はいなかったでしょ。もし私が絹の衣裳を作って売ったら売れると思う?」


「ショウレイが仕立てるのか? 絹の衣裳を作って売るのか?」

 絹の扱いは難しいから青狼族は生地のまま売ってしまうのだと工房で聞いた。

「うん。私なら絹生地に刺繍して仕立てることができるわ。でもどんな衣裳なら売れるのか、よくわからないの。陶国風の襦裙(ブラウスとスカート)が売れないことはわかってるけど」

「草原や砂漠の気候に絹の衣裳は適さないからな」

 確かに朝晩の寒暖差が大きくて絹では寒すぎるのよね。


「でも侍女たちに訊いたら絹の衣裳には憧れるって言うから、何か工夫できないかなと思ってるの」

 そのヒントを探してパザルに来てみたのだ。でもパザルには絹の生地すら置いていない。庶民には絹は求められていないということだろう。

 しばらく宵黎の言葉を吟味していたマーヴィは顔を上げて言った。

「それなら、大パザルを見るべきだな」

「大パザル?」


「常設のパザル以外に、夏の間は大きな市がたつんだ。それが大パザルだ」

 それが来月あるという。遠方からもわざわざそのパザルを目的に多くの隊商がトンファナにやって来ると言う。

「こういう庶民相手の商品ではなく王侯貴族や商人同士の取引だから、商品の質が全然違う。宵黎が作る衣裳は大パザルで売買するような商品だと思う」

 なるほどと宵黎はうなずいた。


 確かに庶民向きの商品ではないかもしれない。そもそも絹の衣裳に憧れると答えたのは王宮の侍女や王族たちだ。彼女たちが欲しがる衣裳を考えるべきなのだ。

「マーヴィの言うとおりね。しばらく色々見てじっくり考えるわ」

 商売にはマーケテイングと商品開発が大事だものね。もっとこの世界のことを知って、研究しなくちゃ。

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