第12話 正妻からお茶会に誘われました

「ショウレイ様は青茶がよろしいですか?」

 ディララ付きの侍女に問いかけられて、宵黎はあわててうなずいた。

「ええ、ありがとう」

 これは友好的な関係を作ろうとしてるのよね? 


 目の前の光景に宵黎は戸惑っていた。

 ばったり会ってしまったので挨拶をしたらディララに誘われて、あずまやでお茶を飲むことになったのだ。

 第一の妻ってつまり正妻だから「お前なんて来なくてよかったのに」とか「早々に帰った方がよろしくてよ」と嫌味のひとつも言われるかと身構えたが、まったく普通に「あら、ごきげんよう」とここに案内された。


「本当に行ってもいいの?」とこっそりアズルに訊ねたら「もちろんですよ」と笑顔で返事された。アズルから王侯貴族は複数の妻がいるのが普通だと聞いて、そういうものかと納得はした。

 確かに歴代皇帝には後宮に何百人と后妃がいた。陶の時代に至っては「後宮に美女三千人」の時代だ。

 でも本当に? 夫に新しい妻が来ても平気なの? 私は政略結婚で何とも思わないけど、ディララも実はそうなのかな? 


「どう? お口に合うかしら?」

 宵黎が考えていることなど思いもしない態度でディララがほほ笑む。

 やだわ、ほんと美人。マーヴィもイケメンだったし二人で並べば文句なしの美男美女よね。


「サクサクしておいしいです。これはクルミですか?」

 大きな盆の上にはピスタチオやクルミを使ったパラグという菓子やクラヴィというクッキーが並んでいる。大麦や雑穀が入っているようで香ばしく、はちみつがたっぷり入っている。

 この世界に来てあまいクッキーを食べたのが初めてで、テンションが上がった。

「おかあさまのパラグはせかいいち、おいしいの」

 ベルキスが自慢そうに言うので思わずほほ笑む。コスカンは大きなクラヴィを頬張っているせいでしゃべることができずにこくこくとうなずいている。


「え、ディララ様の手作りですか?」

「ええ。これは西方から伝わったお菓子なの」

 アズルの通訳を挟んでディララと会話する。

「やっぱり西方からたくさんのものが来るんですね」

「ええ。東方からもね。華人の作る磁器や絹は西方では作れない物だからとても人気があるの。隊商が絹を欲しがって、毎年交易量が増えているわ」

「そうなんですね。でも草原の民は着ないんですよね?」

「ええ、絹はきれいだけど薄くて寒いでしょ? 私たちは着ないけどもっと西方の国々は温かいのでしょうね。王侯貴族が着るみたいよ。どんな仕立てをしているかは知らないのだけど」

 西洋のドレスを見たことがないこの時代の人たちには想像がつかないわよね。


「このあずまやも素敵ですね。これも西方から伝わった建物ですか?」

「ええ。王宮にはいくつもあずまやがあって、ここは西方風よ。風の通りがとてもいいの。次はまた別のところでお茶しましょう」

 あずまやと言っても当然、華人の庭園にあるような瓦葺の六角屋根の下に卓と椅子があるものではなくて、屋根と柱だけの開放的な建物の下に美しい絨毯が敷いてあるものだ。背の低いソファにクッションがいくつも置いてある。

 沓(くつ)を脱いで裸足で絨毯の上に座ると、のんびりした気分になった。


 ここでごろりと寝転んだらすごく気持ちいいわよね。さすがに初対面の第一夫人の前でそこまでできないけど。

 コスカンとベルキスはお腹いっぱいおやつを食べると、庭でかくれんぼを始めた。マーガレットのような花が風に揺れて甘い香りが漂っている。

 周囲は花が咲く庭や池が作ってあり、庭を眺めていると風に乗って音楽が聞こえてきた。ずいぶんとリズミカルな曲だ。


「これは何の音楽ですか?」

「誰かが胡旋舞を練習しているのね。まるい絨毯の上で回転する踊りなの。これも西方から入ってきて最近とても流行しているわ」

 隊商が持ちこむのは売り買いする商品だけではない。食べ物や音楽や舞踊や宗教や思想まで、あらゆるものが東西交易路を通じて行き来する。

 ここは東西の文化が混ざり合う最先端の町なのね。

 不思議な音楽を聴きながらピクニック気分でおやつを食べていると何だか現実感がなくなってくる。

 そもそもタイムトリップしたこと自体が夢みたいだけどね。

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