第13話 野蛮の定義が違うようです

 そもそもタイムトリップしたこと自体が夢みたいだけどね。

 千四百年前の草原の交易都市で王族とお茶してるとかある?

 やっぱ夢かな、と思いながらそっと絨毯を撫でてみる。手織り絨毯は精緻な模様が織り込まれていて、その分厚さと滑らかな手触りに宵黎はうっとりする。

 うわあ、すべすべ。すごく気持ちいい。このクッションカバーもお揃いなのよね。誰が作ったのかしら。すごくかわいい。


「ショウレイ様は絨毯が好きなの? さっきから何度も撫でているけど」

 あ、バレちゃった。宵黎はうなずいた。

「実はそうなんです。こういう絨毯とか衣裳とかすごく好きなんです」

「じゃあ今度、織物工房を案内するわ。衣裳工房も楽しいわよ」

 ディララも同類らしく、熱心に誘ってくれる。

「ずいぶんと楽しそうだな」

 外からマーヴィの声が聞こえた。立ち上がろうとするディララと宵黎を軽く手をあげて制すると、マーヴィは気楽な様子で沓を脱ぎすて、あずまやに入ってきた。


 妻二人が揃っていてもかけらも動揺することなく、まったく何も思っていない様子だ。

 うーん、やっぱり複数の妻がいて当たり前の人はこういうものなのね。べつにこっちも好きでも何でもないから気楽っちゃ気楽か。

 ていうか、この二人、並ぶとすごい迫力あるなあ。子どもたちもかわいいし、完璧な王族一家って感じ。目の保養になるわ。

「もう仲良くなったのか」

 絨毯にあぐらをかいたマーヴィに飲み物や果物が運ばれてくる。


「おとうさまだ」

「おとうさま、みて。かわいいおはな」

 マーヴィに気づいたコスカンとベルキスがあずまやに駆け込んできた。

「かわいい花だな。でもベルキスのほうがもっとかわいいぞ」

 抱っこされたベルキスがきゃあきゃあと声を上げて笑う。

 五歳の女の子ってこんなにかわいいのね。ひとつ下の弟のコスカンをもう片手で抱き寄せる。両腕に二人の子どもを抱いた姿は意外と様になっていた。

 へえ、ちゃんとお父さんなんだ。


「二人で何を話してたんだ?」

「ショウレイ様は手芸がお好きで工房に興味があるそうなの」

「ああ。そう言えば稼ぎたいとか言っていたな」

「稼ぎたい? ショウレイ様は商売がしたいの?」

 ディララが不思議そうに訊ねた。

「ええ。青狼族では稼ぐ妻がいい妻だと聞いたので。それに商売について勉強したことも少しはあるんです」

 実家の事業があまりに借金まみれだったので、どうにかできないかと簿記や会計などを勉強してみたのだ。もっとも宵黎のにわか勉強くらいではどうにもならなかったが。


「なので商品研究のために今度パザルを見に行ってもいいですか?」

 后妃の外出には夫の許可がいるかと思って訊ねたら、あっさり「好きに行けばいい」と言われてしまった。

 よかった、自由に出かけていいんだ。

「護衛は連れていけよ。チチェクだけでは心配だから、男の護衛を」

「わかりました」と言おうとした瞬間、ディララから「何を言ってるんですか」と呆れた声が上がった。

「マーヴィ様が案内してあげるべきではありませんか。安景都護府からわざわざ迎えた妻ですのに、そんな適当な扱いをしないでくださいませ。そこらの町娘ではあるまいし、好きに行けとはどういうことです」

 え、いやいやそんな。貧乏貴族の娘はどこでも一人で出かけていたわよ。それとも現代と違って、治安がよくないのかな。


「ショウレイ様は華人ですし何かあったら大変です。マーヴィ様がお連れするべきですわ」

 ああ、そっか。華人蔑視があるって言ってたっけ。王と大人(たいじん)が決めた結婚だから気を使ってくれたのね。

「華人だと石でも投げられるの?」

「何を言ってるんだ。我々はそんな野蛮なことはしない」

 マーヴィが驚いた顔をしたので、宵黎はあわてて口を開いた。。

「そうですよね、失礼しました。じゃあ護衛が必要なのはどうして?」


「女はいい商品になる。だから人買いが攫うんだ。この辺りでは華人は少ない。黒髪黒目の女が好きな者はけっこういるから、華人の女を狙うものもいるんだ」

 背筋がぞくっとした。だから男の護衛を連れていけ、だったのか。

 王宮内は平和に見えるけど、やっぱり常識が違う世界なのね。ていうか、野蛮なことはしないって言っておいて、人攫いは野蛮な行為じゃないの? 

「ショウレイ様は大人の館で大事に守られて育ったのだと思うけど、この辺りでは女子供は攫ったら攫った者の所有になるの。だから、攫われないように気をつけなければいけないの。絶対に護衛を連れずに王宮から出ないでね」

 ディララの声が真剣だったので一抹の不安を覚えたけれど、素直にうなずいておいた。

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