第11話 私は第三の妻だと言われました
部屋のすぐ隣に四角い板張りの建物が繋がっていて、そこが宵黎専用の風呂になっていた。大きな湯桶に侍女たちが湯を運んでくれる。早速、体も髪も丁寧に洗って旅の汚れを落とした。
あー、極楽。やっぱりお風呂はいいわあ。こんなお風呂があるとは思わなかったわ。
休憩室もついていて、肌に塗る薔薇水や香油や櫛も揃っていた。アズルが流暢とは言えない華語で手入れの方法を教えてくれる。
「どうもありがとう。私も青狼語を習っているところだから青狼語でもいいわよ。お互いに教え合いましょ」
アズルはきょとんとしたが、すぐに笑顔になって「はい」とうなずいた。いいなあ、かわいい女の子が仕えてくれるなんてマンガの世界じゃない?
湯上りにはこれまで着ていた絹の襦裙(じゅくん)ではなく、青狼族の衣裳が用意されていた。
立ち襟で左右を合わせて着る上着にベルトを巻いて、下はスカートではなく幅の広いゆったりしたズボンの組合せだ。騎馬民族なので男女問わず同じ形だ。
「あら、素敵! これを着ていいの?」
「はい。陶国の絹の衣裳では草原では冷えると思ってご用意しました」
ここでは一日の寒暖差が大きい。昼間は陽ざしがきつくて汗ばむほど暑くなるが、太陽が沈むと一気に気温が下がる。
だから旅の間、チチェクが羊毛の綿入れを貸してくれていた。
「ありがとう。絹は好きだけどこっちでは肌寒い時が多いのよね。うれしいわ」
「喜んでもらえてよかったです。でも絹の衣裳は華やかで美しいですね。とてもふわふわしていて憧れます」
「確かに優雅に見えるわよね。もうちょっと暖かかったらいいんだけど」
髪も青狼族風に編みこんでもらうとアズルが「よくお似合いです」とにっこりした。
自分のユルトに戻ると、頬が緩んだ。こんな広いユルトが自分だけの部屋なんて嘘みたい。
これまでも広い家に住んでいたが自分の好きな物を飾ることはできなかった。ここでは自由にしていいのだ。
やった、私だけの部屋だ~! パザルも近いっていうし、色々小物を見てみようっと。
「それで今日はこれからどうしたらいいの?」
「好きに過ごしてかまいません。カーンへの挨拶は夕方になると思います。寝てもいいですよ」
アズルの返事にすこし考えて、王宮を見てみようと思いつく。馬車でよく寝たせいか眠くはない。
「そう。じゃあ散歩してもいい?」
「もちろんです。案内します」
青狼族の王宮は宵黎が時代劇で見た一般的な後宮とはまったく違った。
華人の国ではないから当然だが、ユルトと建物が混在する後宮はやっぱり不思議だった。馬が通るために通路は広く取られ、踏み固められていた。あちこちに広場があり、水路も通っている。
どん、と足に何かがぶつかった。下を見ると子どもがきょとんと宵黎を見上げていた。四歳くらいかな、くるんと長いまつげの茶色の目がすごくかわいい。
「だあれ?」
「マーヴィ様の新しい王妃さまですよ」
アズルの返事に子どもは「おとうさまのおうひさま?」と舌足らずに繰り返した。
やだ、かわいい。子どものしゃべり方ってどこの国でもかわいいのね。
え、ちょっと待って。おとうさま? ってことはこの子はマーヴィの子ども?
「ええ、そうです。お父様の第三の妻になるショウレイ様です」
アズルの返事にさらに衝撃を受ける。
は? 第三の妻? え、私ってマーヴィの三番目の奥さんなの? 聞いてないんだけど!
宵黎が呆然としていると、子どもは宵黎を見上げたままニコッと笑った。アズルも子どもも当然という顔だ。つまりこれは普通のことなの?
「しょーれいさま、こんにちは。くろいかみ、かわいいね」
「ありがとう、ええと」
「第一王子のコスカン様です」
「こんにちは、コスカン様。今日からここに住む宵黎です。仲良くしてね」
「わかった。なかよくする」
「コスカン、みーつけた」
後ろから女の子の声が響いた。振り向くとコスカンによく似た女の子が目を丸くして立っていた。コスカンよりも少し上だろう。
「だあれ?」
「おとうさまのおうひさまだよ」
コスカンがさっき聞いたばかりの情報を得意げに口にする。
「コスカンとなかよくなったの」
「ずるいわ、ベルキスともなかよくして」
さっきと同じやり取りをしていると、今度は大人の女性が現れた。鮮やかな赤とオレンジの刺繍が入った衣裳を着て、髪を丁寧に編みこんでいる。
くっきりした眉に鼻筋が高くて、オリエンタルな雰囲気の美人だ。髪飾りや衣裳に縫いつけた宝玉が太陽の光をキラキラ弾いている。
かなり身分の高い人よね? あの髪飾り、すごく高そう。
アズルが「第一の妻のディララ様です」と教えてくれる。
え、うそ、どうしよ。どんな挨拶をしたらいいの? こんな場面、想定してなかったよ!
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