第10話 天幕(ユルト)をもらえました!

 旅は順調だった。

 馬車の中では毎日、青狼語と刺繍を教えてもらっている。婚礼歌を聞いて琵琶の練習も始めた。音楽は王族の妻としては必修だろう。

「ショウレイの琵琶は何というか、楽しい感じだな? 聞いたことがない雰囲気だ」

「指慣らしに適当に弾いてみただけなんですけど、嫌いでした?」

「いや、とても気持ちがいい曲だ。適当なのか?」

「ええまあ。どこかの隊商が歌っていたのを聞いたのかも」


 都護府には多くの民族が出入りするから多様な文化が入り混じっている。マーヴィは疑問に思わなかったようでそうかとうなずいた。

 大人しく琵琶の練習曲でも弾くべきだった? まあいいか、好きな音楽を弾くくらい自由にしたって。王子もロックが好きみたいだしね。


「そう言えば、マーヴィ様っていくつ?」

 見た目には二十代半ばに見えるが、二十七歳の自分が十七歳で通じるのだ。もし十代だったら犯罪じゃない?

 この時代、十六歳で成人と聞いたけど気分的に十八歳以下はアウトな気がしてしまう。いやまあ、なにがということもないんだけど、やっぱりほら、結婚するわけだしね?

「二十四だ。ショウレイは年のわりにしっかりしているな」

「いえ、緊張しているだけで、しっかりはしてません」

 よかった、二十四歳か。やっぱり年下なのね。いやいや、彼の意識では私が年下ってことになってるんだっけ。おかしなことを言わないように気をつけなきゃ。


 天候に恵まれたおかげでトンファナには七日で到着した。

 草原の中に大きな城壁が見えてきた。方形に周囲をぐるりと取り囲む形の城壁は東西南北四カ所に門があるという。

「とても大きな町なのね」

 窓から外を見ていた宵黎に馬で並走しているマーヴィが答えた。

「ああ。もうすぐ大きなパザルがある。これからどんどん人が増える時期だ」

「パザル?」

「市のことだ。多くの隊商がやってきて、たくさんの商品が並ぶぞ」


「素敵だわ。どんなものがあるの?」

「馬や駱駝の市もあるし、家具や馬車、絨毯に壁掛け、絹や磁器、香辛料や香木、生薬や茶葉に、装飾品や呪術道具まで何でもそろう」

 そんな話をしている間にも城壁はどんどん近づき、結婚前に素顔を見せない習慣により馬車には簾(すだれ)が降ろされた。

 隊列を整えた一行は城門をくぐった。王宮までは大通りを通ったが、馬車についている陶国の旗と青狼族の旗で嫁入りの馬車だと気づいた者たちが手を振っているのが簾越しにもうっすら見えた。


「マーヴィ様、おめでとうございます」

 口々に祝いの言葉をもらって、マーヴィは軽く手を振り返す。

 馬車はそのまま王宮の門をくぐり、奥の庭で止まった。

 馬車から降りた宵黎は目の前に広がる光景に目を丸くした。色とりどりの大小のユルトが並んでいた。ぽこぽこと丸い屋根が並んでいて夢の中にでも入った気がする。

 その奥には大きな柱が見える開放的な建物があり、通路には水路が設けられて日射しを遮るように幕が張られている。


 不思議な王宮ね。おとぎ話みたい。

 きょろきょろと見回していると、チチェクがそっと袖を引いた。侍女姿のきりっとした表情の女性が待っていた。

「ショウレイ様、遠路はるばるようこそお越しくださいました。女官長のサエリと申します。お疲れでしょうから、まずは湯を使ってゆっくりとお休みください。のちほど王宮内を案内いたします」

 チチェクが通訳してくれる。


「王族の方にご挨拶しなくていいのでしょうか?」

「カーン(王)とカトン(王妃)には後ほどお会いできます」

「わかりました」

 確かにこんなほこりまみれで挨拶には行けないわよね。

「こちらのユルトをお使いください」

「え、本当に? ここを使っていいの?」 

 一気にテンションが上がった。やったあ、本当にユルトをもらえるんだ!


 扉が開かれた状態のユルトは宵黎の感覚ではわりと広かった。学校の教室くらいの広さがある。天井も高く、格子状の壁に窓も開けてあって中は明るい。

 色鮮やかな壁掛けと分厚い手織り絨毯が敷いてあって、置かれているベッドやタンスなどの家具は陶国風に漆細工が入っていた。

 とても素敵な部屋だ。うれしい、こんな部屋に住めるなんて!

「喜んで頂けましたか?」

「ええ、とっても。すごく気に入ったわ」

 宵黎の弾んだ声の返事にサエリはほっとした顔をした。華人の嫁入りと言うことで緊張していたらしい。


「それはよかったです。壁掛けや絨毯は季節に応じて変えますので、気に入ったものがあれば言って下さい。王宮内は自由に出入りして構いません。こちらのアズルを侍女につけますから何でも言いつけて下さい」

 十四歳くらいの少女が頭を下げた。ハシバミ色の目が大きくてかわいい少女だ。チチェクは今後も通訳兼護衛につくと聞いてほっとした。

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