第7話 王子様がやってきました

「そういえば、言葉は通じますか?」

「おそらく華語は通じないわ」

「じゃあ青狼語を習わないとですね」

 翌日、さっそく青狼語の家庭教師をつけてもらった。トンファナに着くまでに少しくらい言葉を覚えておきたい。

 それから嫁入りまでのひと月はあっという間だった。


 そして六月の晴れた日に、宵黎は迎えに来た青狼族に初めて会った。彼らは彫りの深い顔立ちでブラウンやグレーの髪や目をしていた。大柄な体格で立派な髭をたくわえた者も多い。

 わ、エキゾチック! 大陸中央の人たちって感じね。素敵だわ。

 迎えには数人の女性もいた。その中の一人が通訳兼護衛として紹介された。明るい茶の髪と目をした二十歳くらいの娘だ。

「チチェクと申します。何か不便なことがあれば言って下さいね。ショウレイ様が困らないように頑張ります」

「よろしく、チチェク。青狼族のことはまったくわからないので、いろいろ教えてくれるとうれしいわ」

「もちろんです」


 護衛たちは革の鎧をつけて背には小ぶりな弓を背負い、腰には剣を差している。女性も男性と同じ装備で勇ましい。

 精悍な戦士たちを見て、気が引き締まる。都護府を出た先は略奪が横行する草原地帯だ。

「宵黎、頼むぞ。あなたの使命は重いがきっとやり遂げてくれると信じておる」

「くれぐれも体に気をつけてね。あなたの明るい笑顔が青狼族に受け入れられるよう祈ります」

「ありがとうございます。お父様もお母様もどうぞお元気で」

 花嫁用の馬車に乗った宵黎は大きく手を振って、草原へと旅立った。


 トンファナまでは馬車で十日ほどの道のりだという。

 この先はどうなるんだろう? 歴史の授業を思い出そうとしてみたが、興味のなかった騎馬民族について覚えていることはまったくなかった。

 まあいいか、行ってみたらわかるわね。トンファナは交易の町だというし、すごく楽しみ!


 六月の草原は新緑が美しく、羊の群れに遭遇したり天幕がいくつか並ぶ集落を見かけたりした。

「みんなもああいう天幕に暮らしてるの?」

「ええ。トンファナには建物も多いですが、一般的にはユルト(天幕)に住んでいます」

「へえ、いいなあ。私もユルトに住んでみたいわ」

 現代で展示されていたユルトの内部はとてもきれいな壁掛けで飾られていた。ああいう部屋に住みたいと思って、自宅に大きな壁掛けを買って帰ったら姑に怒られてしまったのだ。

「こんな田舎くさい壁掛けを持ち込まないで」と。


 青狼族に嫁入りしたら思う存分、好きな部屋を作ろう。第四王子の妻であっても、そのくらいは好きにさせてくれるよね?

 宵黎がわくわくしている様子を見て、チチェクが驚いた顔をした。

「ショウレイ様はユルトに住みたいのですか?」

「ええ。青狼族の伝統的な壁掛けとか手織り絨毯とか、絶対素敵だと思うの」

「華人は草原の民の暮らし方が好きじゃないと思っていたので意外です」


「私、手芸が大好きなの。刺繍とか手織りの布とか絨毯とか、そういうものを見てるとテンションが上がるの」

「てんしょ?」

「あ、えーと、とっても楽しいってこと」

「そうですか。手芸がお好きなら、トンファナの工房をご覧ください。きっと気に入ると思います」

 チチェクはトンファナの工房のことをたくさん紹介してくれた。手芸だけではなく、革や金属の加工をする工房もあるという。

 だったらアクセサリー作りもできそうよね。


「あら、これは何?」

 護衛隊が不思議なメロディーの歌を歌っている。

「婚礼歌です。花嫁を迎えに行くときに歌います。歓迎の歌です」

「そうなの。乗馬しながら楽器も演奏してるのね」

 器用なものだ。歓迎の歌と言われたら悪い気はしなくて、宵黎は歌に聞き入った。


 空が夕暮れに染まるころ、一行は川の側で止まった。ここで夜営をするらしい。

 侍女や護衛たちが夕食の準備をしていると、茜色に染まった草原を数騎の馬が駆けてくるのが見えた。

 それを見た数人が驚いた声を上げる。

「マーヴィ様!」

 大きな栗毛の馬に乗った男が馬をとめ、護衛たちを見て冷ややかに笑った。

「誰?」

「第四王子のマーヴィ様です」

 チチェクの返事に目を瞬いた。この人が第四王子?

 鮮やかな青い瞳に茶色の髪。鼻筋が通っていてかなりのイケメンだ。思わず二度見してしまった。

 えーすご、こんな王子様が夫になるの?



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