第6話 身代わり結婚を提案されました
ここに来て二週間が過ぎた。当然だが家族は見つからず、客として遇されている。
いつまでも客扱いされるのも申し訳ないし、ここで働かせてくださいってお願いしよう。
そう決心して延太太(えんたいたい)の部屋に来たら中から話し声が聞こえた。大人(たいじん)の声だ。二人一緒ならちょうどいいとノックしようとして、宵黎と聞こえて手を止める。
「身代わりでも青狼族は気づかないだろう」
「でもあの娘は承知するでしょうか?」
「承知させるのだ。幸い顔も似ていて年頃も合う。おまけに手芸も音楽も申し分ない。これ以上の人間がいるか?」
これって私のことよね?
「確かにそうですが、発覚すれば青狼族の報復を受けますよ。あの娘は殺されます」
「だが婚約破棄となればそれはそれで関係がこじれる。流行り病で亡くなったと言っても信じてもらえないかもしれん」
「ジュクヒ族に嫁入りするはずの丞相家の娘が逃げたのはつい先日のことですものね」
「あれは丞相が悪い。草原の蛮族に嫁ぐのはかわいそうだと騒ぐからだ。それくらいなら黙って身代わりを立てればいいものを」
忌々しそうな大人の声に、心配そうな延太太の声が続いた。
「草原の民とうまく付き合っていくことが国境地帯の役割だと、あの娘は理解してくれるでしょうか?」
「これだけ世話をしたのだ。身代わりに嫁ぐくらい安い物だろう。できないというなら奴婢(ぬひ)にすると言えばよいのだ」
「それはあまりにかわいそうです。どう見ても上級貴族の娘ですよ。記憶を取り戻したらどうするのです?」
「だからその前に青狼族に嫁がせるのだ」
そっか、そういうことか。身代わりにするつもりだったからあんなに親切にしてくれたのか。いや、草原で見つけた時からそう考えて拾って来たのかもしれない。
そっと扉の前から後ずさって、部屋に戻った。
延太太と刺繍したり琵琶を練習するたびに「これなら大丈夫ね」とか「本当に上手よ」とか言ってたのは嫁入りするのに問題ないかチェックしてたってわけね。
騙されていたことに腹は立たなかった。誰だって打算くらいある。それにもっとひどい仕打ちを兄や夫や姑に受けていた。
その日の夕食の席で、大人はじっと宵黎を見つめて言い出した。
「折り入って頼みがあるのだ。引き受けてくれるだろうか?」
「私にできることなら」
「あなたにしかできない。娘の代わりに青狼族に嫁いでもらいたい」
「実は娘は婚約していて、来月嫁ぐことになっていたの。でも流行り病で亡くなって、先方にまだ連絡できないうちにあなたが来たの。顔も似ていて何でもできて。これは天の助けだと思ったのよ」
「天の助け?」
宵黎が首を傾げると、大人が口を開いた。
「この婚約には草原の平和がかかっている。娘が亡くなったのは悲しいが、婚約破棄となるのも非常に困る事態なのだ」
「つまり政略結婚ってことですか? 相手はどなたです?」
ずばりと切り込んだ宵黎に、大人は緊張した顔つきで答えた。
「青狼族の第四王子だ。青狼族は交易都市トンファナを拠点にしてずいぶんと栄えている部族だ」
数百年前からこの地を治める大部族で、この五十年ほどで王族はトンファナで定住生活を送るようになったという。
この安景都護府が設置されたのが三十年ほど前。設置の時もその後もしばしば争いがあり、先代の王には王都長寧から公主が降嫁して和平交渉したそうだ。
「この十数年、小さい諍いはあったがおおむね平和的に過ごしてきたのだ。陶国の領土を確立し、彼らの侵略を許してはならぬ。今の状態を維持するためにこの婚約は破棄できないのだ」
なるほどと宵黎はうなずいた。つくづく自分は政略結婚に縁があるらしい。
でもそれもいいか。帰る方法はなさそうだし、要するに草原の少数民族に嫁ぐってことよね。
青狼族は現代でも比較的大きな勢力を持った民族だ。月や狼をモチーフにした大胆なデザインの民族衣装を発表する若手デザイナーがいて注目していたのだ。
この時代はどんな衣裳なんだろう。それにアクセサリーも見てみたい。
「わかりました。そのお話、お受けします」
「そうか。こちらもできる限り力になろう。よろしく頼むぞ」
大人と延太太はほっとした顔になって、うなずき合った。
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