第3話 時代劇マニアのコスプレイヤーに会いました

 目が覚めたのはベッドの上だった。

 ぼんやりと首をめぐらせて民族衣装が目に入った。そうだ、バザールで買って着たんだっけ。

 ハッとして起き上がり、全身を確かめる。どこにも怪我はないようだ。

 ていうか、ここどこ? バスから落ちた?


 栄華が寝ていたのは見知らぬ部屋のベッドの上だ。レトロな飾り棚には香炉や水差しが置いてあるが、どれも古風なデザインだ。住人がそういう好みらしい。

 誰かが自宅で介抱してくれたのね。お礼を言わなきゃ。

 そう思った時、ドアが開いた。

「あら、起きたのね」

「はい」

 振り向いた遼玲は、そこにいた女の姿に困惑した。

 

 四十歳くらいのふくよかな女性がひらひらした漢服をまとっていた。髪を高く結い上げ、簪を挿している姿は時代劇ドラマでよく見る身分の高い女性みたいだ。

 コスプレかしら? ああ、そうか。この部屋といい服装といい、彼女はきっと時代劇マニアなのね。普段からこんな格好をしているなんてずいぶんと本格的だけど。


「よかったわ。最初は死んでるんじゃないかと思ったのよ」

 ほほ笑んだ彼女は小卓に置いてあったベルを取り、ちりんちりんと鳴らしてから、ベッドサイドの椅子に座って目線を合わせた。

「怪我はないかしら?」

「平気です。あの、ここはどこですか?」

「ここは寛州(かんしゅう)、安景都護府(あんけいとごふ)よ」

 よほどの時代劇マニアらしい。言葉も古めかしい上に、古い時代の地名での返答に栄華は頭の中に地図を思い浮かべた。

 寛州の安景都護府? というと陶(とう)の時代って設定かな?


「寛州というと長城各地に作られた都護府の中でも重要拠点だったような……」

 高校の歴史で習ったわよね。もううろ覚えだけど。

「ええ、その通りよ。長城を越えた西は草原の民が治める地。ここは彼らの侵略を防ぐ防衛線よ」

 ずいぶんと物騒な上に細かい設定ね。


 彼女の設定につき合って時代劇ごっこをしてる場合じゃないんだけど。でも助けてくれたみたいだし、やたら真に迫った演技に水を差すのも……と迷っていると、今度は侍女姿の女が入ってきた。


「延太太(えんたいたい)、お呼びでしょうか」

「大人(たいじん)にお客様が目覚めたと知らせて。それからお茶を用意して」

「承知しました」

 そのやり取りに、栄華は呆然とした。

 太太って奥様って意味だよね。大人は都護府を治めた官吏(かんり)だよね? そんな人までいるの? ていうか、さっきの侍女も何?

 いくら時代劇マニアでも、これはちょっとおかしい。

 ぞくっと得体のしれない悪寒が背筋を駆けあがった。


「あの、ここはどこですか?」

 硬い声で最初と同じ質問を繰り返す。

「ここは安景都護府の大人の館よ。王都長寧にいらっしゃる皇帝が都護府を設置されたの。あなた、草原の民の衣裳を着ているけど華人でしょう? どこの部族に嫁入りしたの? その刺繍はメイラト族の模様に似てるようだけど」

「いえ、とても素敵だったから買っただけです」 

「まあ。嫁入りもしてないのに草原の民の衣裳を? ああ、でもそうね、騎馬の移動ならその方が安全ですものね。でもあんなところに倒れていたのはどうして?」

 どういう意味なの? 不安がどんどん大きくなる。


「あんなところ? 私はどうなっていたんですか?」

「草原で倒れていたのよ。夫が見つけて馬車に乗せてきたの。護衛はどうしたの?」

 草原? 護衛? 栄華の不安はますます大きくなって息が苦しい。

 古風な言葉遣いの貴族のような姿の女性。レトロな部屋に侍女が出入りし、都護府に大人がいるという。

「あの、さっき王都は長寧って言いましたよね?」

「ええ。長寧は百年続いた陶の王都よ。私も行ったことはないけれど」

 陶は三百年以上の長命を誇った古代王朝のはず。それが百年ですって? でも延太太は冗談を言っているようには見えない。

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