第2話 護符を手に入れました

 でも現実は、家を飛び出しても行くところなんてどこにもないのだ。

 ため息をついて、ふと思いついたのは少数民族のバザールだ。

 以前から行ってみたかった年に一度のバザールが週末にあることを思い出して、栄華は慶州へ行くための飛行機に乗った。


 そこからバスに乗って着いた展示会場はとても広くて、ありとあらゆる手仕事の商品が並んでいた。

 栄華は手芸が大好きだ。特に少数民族の刺繍や手織り絨毯や小物が大好きだ。

 現代になっても貴族女性の嗜みとして手芸ができるのは当然だったが、貧乏な栄華は最低限のことを習っただけだった。


 手芸は意外とお金がかかる。シルクの布や糸はたいした値段ではないようにみえるが、何か作ろうとビーズやスワロフスキーやプラチナの金具などを一式そろえたらかなりの金額になる。だからとても手が出なかった。


 つまらない結婚生活の間、家にいる時間を減らすために栄華は習い事に励んだ。

見栄っ張りな夫は「○○侯爵夫人から誘われたの」とか「○○子爵家の奥様がぜひ一緒にとおっしゃるの」と言えば文句を言わなかった。

 習い事に打ちこんでいる間は楽しくて、だから栄華は安らげない結婚生活に耐えられたのだ。


 バザールで手の込んだ刺繍の衣裳を見つけたので買い、せっかくだから着つけてあげようと言われて着替えて髪まで結ってもらった。

 売り子はカラフルな飾り紐を編み込みながら、昔はそれぞれの民族に決まった結い方があったが、今は好みのやり方で結っていると話した。編み込んだ髪をくるりと結い上げるとできあがりだ。


「ほら素敵。このラピスラズリの簪を挿すといい感じですよ」

 鏡を見たら、揺れる珠飾りが確かにいい感じだった。

「揃いのバングルとネックレスとイヤリングもあるのね。それも頂くわ」

 売り子が目を丸くした。

 どうせクレジットカードの請求は夫にいく。これまで買い物するときは事前に確認していた。今回はいい、慰謝料代わりに好きに買ってやる。


「お買い上げありがとうございます。いま着けますか?」

「ええ、お願いします」

「本当に素敵です。美人さんだからとてもよく似合うわ」

 褒めてもらってテンションが上がり、また店を見て回った。


「そこのお嬢さん、こちらはどうかね?」

 なまりの強い華語で呼びかけたのは老婆だ。テーブルの上にはオパールや翡翠のような石のアクセサリーが並んでいる。

「これは何ですか? バッグチャーム?」

「若い人はしゃれた言い方をしなさる。これは護符ですな。巫術師が祈りを込めておりますよ」


「護符? どんな効果があるの?」

「この世の不幸から守るものや好きな人と結ばれるもの、逆に嫌な縁を断ち切るもの。どれがご要りようかね?」

「嫌な縁を断ち切るものがいいわ」

 栄華は即答した。


「願いが成就すればこれは割れてしまうもの。惜しまず捨てなされよ」

 老婆が差し出した翡翠色のチャームを受け取った時、不思議な感覚が手のひらに生じた。思わず顔を上げると、老婆はうなずいて「願いが叶いますように」と呟いた。


 帰りのバスに乗って、栄華は大満足でうつらうつらしていた。

「あっ?」

 いきなり、ぐらりと体がかしいだ。きゃああああああっと悲鳴が響く。バスが大きく傾いたのが分かった。横転しそうになっている。

 必死で伸ばした手は空を掴んだ。

 え、やだ、まだ死にたくない。

 そう思ったのを最後に意識が途切れた。

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