1400年前にタイムトリップしたら青狼族に身代わりで嫁入りすることになりました
花茶
第1話 離婚届を叩きつけました
初めて来た慶州のバザールは人で溢れていた。
かつては草原の民が覇権を競ったこの地域は、今も少数民族が多く暮らしている。民族衣装を着た者も多く、細かい刺繍の入った衣装はどれもきれいで栄華(えいか)のテンションは上がった。
「あの模様、とっても素敵。あ、お揃いのクッションもあるのね、かわいい」
どのブースにも民族の模様が入った衣装やバッグや小物が並んでいる。ピアスやネックレス、凝った簪風の髪飾りなどは人気の商品らしく人だかりができていた。
「さすが少数民族のバザールは品物が豊富だわ」
丁寧な手仕事で作られた手織り絨毯や壁掛けは、目をみはる出来栄えでうっとりする。何百年も前からの伝統の模様を引き継ぎ、それに加えて最近の流行も取り入れたデザインがとてもおしゃれでかわいかった。
「あの壁掛け、欲しいなあ。絶対インテリアに合わないって文句言われそうだけど」
思わずため息をついてから、ハッと思いなおした。
「もう文句なんて言われないんだわ。離婚届を置いて来たんだから」
昨日の大げんかでとうとう「離婚よ」と夫に三下り半を突き付けて出てきたのだ。夫はちらりとそれを見て、ふんと鼻を鳴らした。
どうせ行くところなんてないくせにと言いたげなその態度が頭に来て、貴重品をバッグにつめた栄華は家を飛び出した。
さて、どこに行こう? もちろん実家は論外だ。
栄華の実家、張家は由緒ある名門貴族の家柄だが、あらゆる事業に失敗して借金まみれだった。現代化の波に乗れなかったため名前だけの貧乏貴族になって久しい。
貴族としてのプライドだけは高く、金に困った兄が美貌の妹を売りつけた結婚相手は、一代で財を成した事業家の跡取り息子だった。
恋愛で結婚できるとは露ほども思っていなかったし、借金と引き換えに嫁ぐなら裕福な家がいい。夫となる人は写真で見る限り見た目も悪くないと諦めがついた。
そして始まった結婚生活は最悪だった。
夫は成金と陰口を叩かれて育ったせいか、栄華を貧乏貴族出身のくせにと絶えずバカにするし、さらに最悪だったのは姑がしょっちゅうやってきて「子供はまだなの?」「子作りにはこのサプリが効くそうよ」「一緒に懐妊祈願のお寺参りに行きましょう」などと跡取りを生めとプレッシャーをかけてくることだ。
彼女はとにかく名門貴族の血筋を引く孫が欲しかったのだ。
そんな猫なで声のお誘いが「子供を生めない嫁なんて無駄だったよ」「とっとと出ていって」と罵声に代わるまでは三年足らず。
精神的に耐えきれずに夫に訴えても「母は昔からああだから」とスルーするばかり。
夫婦仲は冷めきっていて、この数年そもそも子供ができるようなことをしてないのに妊娠なんてするわけがない。
二十二歳で結婚してもうすぐ二十八歳になる。
このまま家のために結婚生活を続けると自分自身が壊れてしまう。
実家の兄にそう訴えても「それよりとっとと子供を生めよ。そうすれば問題解決だろ」とまるで理解してくれない。我慢も限界だった。
数年前から夫には数人の女がいる。そのことに腹は立たない。むしろその中の誰か妊娠しますようにと栄華は祈ってきた。
その祈りが通じて、ある女から「旦那さんの赤ちゃんがお腹にいます。あの人と離婚してください」と電話がかかってきたのだ。
おかげで離婚届を叩きつけることができた。
もう自由の身だ。兄は慌てるだろうが結婚から七年もあったのだ。資金を援助されて事業を立て直すには十分な時間だったはず。
これ以上、家のために我慢するのはまっぴらだった。
いや、本当はわかっている。箔付けのために貴族の自分と結婚した夫家族が離婚に応じないことくらい。
これは栄華の意思表示だ。いつでも離婚する覚悟があると、兄にも夫家族にも知らせてやりたかった。
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