第2話 ごご、ごまんきゅうせんはっぴゃく!?!?

「おっ……。お似合いですよ……わたくしもびっくり……」


 朝比奈さんは、口に手を添えて長いまつげが印象的な大きな瞳をパチッと開けて驚いている。


 そ、そんなに似合ってるのかな……?


 まだ、自分は鏡を見ていないのでどのくらい変化があるのか未知数。


 掛け心地は、正直良いとは言えないけれど、しっかりしたフレームでその分重さを感じて、掛けてるって感じがしっかりした眼鏡めがねであった。


 視界の周りには、フレームの縁が入って今まで眼鏡を掛けてなかった分、違和感というか、少し邪魔に感じてるけれど、可愛かわいくなれているならそんなことはどうでもいいと思ってる。


「あらあら、お客様……?」


 お店の奥の扉から、スタスタと背の高い華奢な身体つきの人がやってきた。


「あ、お母さん! 見てください! わたくしがデザインした眼鏡めがね、こんなに似合う方がいらっしゃったのですよ!」


「コラコラ。お客様の前でお母さんはやめなさい」


「ご、ごめんなさい……。少し舞い上がってしまってて。でも、この方凄くお似合いでっ」


 お母さん……? この人が……?


 その人は、朝比奈さんと同じ丸い眼鏡を掛けていて、肩まである茶色の髪色をキラキラとなびかせながらショーケース前まで来ていた。


 きれいな人だ……。と思った。


「あっ。はっ初めまして! 私、愛川あいかわ来海くるみと言いますっ」


 自己紹介を忘れそうになったのは、言うまでもない。


 見惚れてしまっていたのだ。


「うふふっ、くるみちゃんね。ヨロシク。私は、朝比奈あさひな陽乃はるのよ。お見知りおきを」


 直角にお辞儀をして、名前を教えていただいた。


 所作もしっかりしてて、何もかもきれいな方だなぁ……。


「しかし、ホントお似合いねぇ……」


 頬に添えて、微笑んでいる。


「でしょう! でしょう!」


「あっあの、私も鏡を見たいのですが……」


 舞い上がってる、朝比奈さんに申し訳なく思いながら、声をかけてみた。


「わわっ、そうでした! 申し訳ありません……! わたくしとしたことが……」


 言いながら、ショーケースの上に置いてあるシンデレラの物語に出てきそうな楕円だえん状のピカピカに輝いたシルバーの置き鏡を持ってきて、私の前に差し出した。


「ハイ。どうぞ……!」言って、鏡を反転させ私に向けてくれた。


「……」


 ゴクリ。


 ……これ、本当に私?


 別人……のように見える……。


「お、お気に召しませんでしたか……?」


 様子を伺うような声音で問いかけられる。


「眼鏡だっ……!」


「ええっ!?」


「うふふっ」


 私は気が付けば、朝比奈さんの肩を掴み言っていた。


「お気に召さないなんて、とんでもない。これだよ……! めっちゃ可愛い。この眼鏡気に入っちゃった」


 朝比奈さんの肩をグラグラ揺らし、必死に想いを伝えた。


「わわっ。目が回ってしまいますぅ~」


「あっ! ごめんごめん」


 目が、ぐるぐるになっていた朝比奈さんが、しばらくして戻ってきて、


「良かった……! やっぱり、わたくしの見立ては間違いではなかったのです! とても知的に見えますよ」


 胸の前で、両手を合わせて言った。


「えへへ……ありがとう。言ってなかったけど、朝比奈さんの眼鏡姿も文学少女って感じがして、とても愛くるしくて可愛いよ」


 朝比奈さんは、頬をほんのり赤くして「恥ずかしいからやめてくださいっ」と恥じらいでいて、それもまた可愛かった。


「良かったわね華怜かれん。この眼鏡の似合う方がいらっしゃって」


「ええ、本当に。それに年も近いようでうれしいですっ」


 この眼鏡……。欲しい。いくらするんだろう。


 値段を聞くのがとても怖かった。


 造りは、かなりしっかりしてて、掛けやすいし、丈夫。


 デザインも凝ってるからいい値段しそうなんだけど。


 意を決して言ってみた。


「あの……。この眼鏡めがね、とても気に入ったんですが、おいくら……でしょうか」


「う~ん。そうね五万九千八百円かしら……」


「「ごご、ごまんきゅうせんはっぴゃく!?!?」」


「なんで、華怜かれんまでおどろいてるのよ」


 確かに、デザインした張本人の、朝比奈さんまでおどろいていた。


「ええ、だってお母さん……じゃなかった、オーナーが作りたいものを作ってみなさいって言うから……」


「あははっ。そうだったわね。そんなこと言ってた気がするわ」


 私は、そんな高価なものを身に着けていたなんて……!


「ああ、あのっ! はっ外してもらえませんかっ!? 自分で外したら壊してしまいそうで怖くて……!」


 もう、値段を聞いてから怖くてさわれなかった。


 それから、朝比奈さんに眼鏡を外してもらうと、鼻あてに少しだけファンデーションが残っていることがわかって、汚してしまったことに気が付いて、


「あ、あの、ファンデが付いてしまいました……。きれいな眼鏡を汚してしまいました……」


 ああ、買い取りかな……と思っていたら、気さくに微笑みながら朝比奈さん(母)は言った。


「うふふっ。そんなに気にすることないのに。拭けばきれいになるわ」


「気にしますって……! こんな可愛い眼鏡……」


 そう言ってからの朝比奈さん(母)は、少し考えている様子のように見える。


「くるみさんって言ったかしら……? この眼鏡、気に入った?」


「はい、それはとても。可愛いし、イメチェンできてますし、今までで、一番しっくりきました」


「そう……。この眼鏡、欲しい?」


「欲しい。ですが、お小遣いが足りないので、貯めてから買いたいと思ってます」


 私の答えに、ふむ……と言いながら、朝比奈さんになにやら聞いていた。


華怜かれん、このくるみさんとお友達になれる?」


「ええっ!? わたくしはすでにお友達と思ってますよ」


 それを聞いてから朝比奈さん(母)は、私に手を差し伸べて言った。


「もしよかったら……なんだけど、ここでバイトやってみない? きっと楽しいと思うわ。このお給料で眼鏡、買えるでしょう?」

 

 多分、一ヶ月働けば、買えるわ、と付け足して言ってた。


 ここで、バイト……。


 確かに、楽しいと思う。けれど眼鏡の知識がなくてもできるのかな……。


「あの、私、裸眼で1.0あって、本当は眼鏡いらないんですけど……。ファッションとして、身に着けたいと思ってるんですけどそんな私でも大丈夫なんですか?」


 頷いて、言った。


「うん、それならさっきの動作からわかってたし、大丈夫よ。それに、そういうスタッフがいても面白いと思うし、大歓迎よ」


 見抜かれていたのか……! 恐るべしオーナー。


 初めてのアルバイト、こんなところで恐れ多いけれど、運命的な出会いをした眼鏡、ここで逃すわけにはいかないっ……!


「そ、それなら……。よろしくお願いいたしますっ!」


「決まったわね! ヨロシクね。くるみちゃん」


「はいっ」


「わー! 来海さん、よろしくお願いしますっ。わたくしもこれから名前で呼んでもらえるとうれしいです」


「よろしくお願いします! 華怜かれんさんっ」


 私は、片手にオーナー、片手に華怜さんの手を繋がれ、無事にバイトをすることになった。

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【短編】私のイメチェンは眼鏡から! 量子エンザ @akkey_44non

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