被害者たちの痕跡

「……すまない。取り逃がしてしまったようだ」


 遠くの背後からがさがさと茂みを掻き分ける音が耳に入る。

 声を潜めていたシルヴァが忌々し気に舌を打った。


「一足で詰められない間合い……盾のように配置している魔獣ビースト。噂に違わない手練れのようだな」


 シルヴァは警戒を解きながら呆れたように肩を落とした。


「……オレたちを取り囲んでいた魔獣ビーストの気配ももうないな。退いたか」


「そう見ていいだろう。何が目的か知らないが、私たちを仕留め損なったらしいな」


 振り返ると、もうそこには人影はない。

 奥に続いている茂みは何者かに踏み荒らされたように草花が折れている。

 抜き身のままの太刀を持ちながら慎重に歩を進め、先程まで何者かがいたであろう木陰を覗きこめば……そこに落ちていたのは一枚のカード。


「……シルヴァ、これは」


「マーキス・メロム……一番最近死体で見つかった冒険者のカード……身分証だ。やはりここにいたのは赤頭巾レッドキャップで間違いないだろう」


 落としたのか、オレたちにわざわざ見つかるようにこれを置いたのか。

 いずれにせよその暗殺者の目的は依然としてわからない。

 だがオレたちを襲った魔獣ビーストは恐ろしく統率が取れており能力も高い。その赤頭巾が操っているのだとしたら予想以上にやり手だ。


 オレから受け取ったカードをまじまじと見つめるシルヴァの表情は険しい。その顔は事態の深刻さに思いつめているというより、何かがつっかえているかのような微妙なものだ。


「シルヴァ?」


「……オロチ殿。これは騎士ギルドで周知されている情報なのだが、今回の異常事態中の失敗件数は数十件。その中で、森で発見されている死体の総数は全部で十四人。そして十四人の被害者には総じて同じ特徴がある」


「……それは?」


 シルヴァは冒険者のカードをオレに向けた。


「このマーキス・メロムと言う男は以前、他国で罪に問われる行為をしていた……つまり、犯罪者だ。もっと言えば、亡命者なのだ」


「十四人全員か」


「ああ、詳しくは法的に手が出せない程度の容疑者……と言ったところだがな」


 確かに首肯したシルヴァ。

 踵を返す彼女に続いて来た道を戻りながら続く彼女の言葉に耳を傾ける。


赤頭巾レッドキャップは自主的に犯罪者どもを殺しているのか、または誰かの命令か、依頼か……」


「オレたちが襲われたのはなぜだ?」


「オロチ殿に心当たりは?」


「犯罪歴の有無か? 皆無だと断言できる」


「ならばわからない。有力なのは調査の中断を狙った襲撃……という線だな」


 どちらか個人を狙ったというより、自分に近づこうとしている人間の排除、というわけか。

 シルヴァは時折オレを振り返り、面持ちを暗くする。


「オロチ殿は……悪人を殺す悪人をどう思う?」


 自分の懐に入った一角獣ホーンの角五つに触れながら、考える。


 悪人を狙う暗殺者。


 それは――果たして悪だろうか?


 わからない。オレが培った知識だけでは到底裁定できるものではなさそうだ。

 天秤は依然どちらにも傾かない。


 オレはこの真実を知った時……——人間という生き物に失望するのだろうか?


「よく……わからないな」


 シルヴァは何も答えなかった。






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