赤い影

 一角獣ホーンの襲撃を凌いだ後、一番最近の死亡案件が起きた現場に赴いた。

 現場とは言っても死体が見つかっただけの場所らしい。


「ちょうど一週間前、ここで見つかった冒険者の懐には冒険者カードが入っていなかったらしい。落としたのか、はたまた別の理由か……。ともあれ普通の依頼失敗ではないだろうな」


 調査を続けるシルヴァ。

 すると、二つの弾丸のようななにかが草むらから突如としてシルヴァを襲った。


「——はああぁあッ!」


 裂帛の声と共に二度の剣閃が宙に迸る。

 刹那の油断もなく、シルヴァは腰に携えた一振りの剣を抜き放ったのだ。

 弾丸の正体——隠然の社に存在する一角獣ホーンと同等の魔獣ビースト痺蜥蜴パラリザードが蒼の粒子に変わって溶けた。

 

 オレたちが遭遇した兎型の一角獣ホーンと同様に、敏捷性や敵対意識が大幅にかさましされたような動きを披露する魔獣ビーストたちはとても危険等級スケールワンとは思えない。


 二体の痺蜥蜴パラリザードを斬り捨てたシルヴァは警戒を解くことなく、オレたちを何体もの魔獣ビーストに目を配っている。


「オロチ殿」


「ああ、囲まれているな」


 気づけば、オレたちの周りには生物の気配に満ちていた。


「オロチ殿、どう見る?」


「少なくとも危険等級スケールツーはあるか……と言っても実物を見るのは初めてだ。先輩の意見を聞きたい」


「同意だ、後輩殿。初邂逅の所感は?」


「三体までなら同時に相手にできそうだが……それ以上はわからん」


「上出来どころではない。オロチ殿、騎士ギルドに入らないか? 信頼できる同僚が少なくてな」


「オレは騎士ほど崇高なモノでない」


「……そうか、残念だな」


 軽口を叩き合いながら自然と死角を埋めるように背を預け合う。

 魔獣ビーストの強さは、一段階危険等級スケールが上がるだけで跳ね上がる。恐らくシルヴァがいなければ逃走を余儀なくされていただろうな。

 先ほどの一閃でシルヴァの異常さは理解できた。彼女はオレより何段階か上に存在する実力者だ。

 

 右手の大太刀を長剣ほどの長さに整え、初めての対複数戦に備える。


「……オロチ殿……その……その魔遺物アーティファクトはとても貴重なものだ。できるだけ他言しないように助言させていただきたい」


「……確かに、爺さんもそんなことを言っていたな。心に留めておこう」


 そんなやり取りの直後。


『グゥゥゥラアアアアアアアアアアッ!!』


 魔獣ビーストの大合唱が森に響いた。


 明らかに統率の取れた魔獣ビーストの行進を、背後を互いに任せながら捌いていく。

 上下中中段から突き出される魔獣ビーストの凶刃に太刀を合わせ、大上段の振り下ろしで押し潰す。

 間合いを見誤った個体に大太刀を一瞬伸ばして突き刺し、そのまま縮ませその肉体を盾にする。死角からの攻撃を肉の盾で受け止めると、盾は蒼の粒子に還った。

 短刀ほどの長さになった愛刀を最小限の動きで振り回せば、オレの目前を埋めていた魔獣ビーストの波は一旦の終息を見せる。


「……オロチ殿、無事か」


「おかげでな。そちらは、聞くまでもなさそうだ」


 魔獣ビーストの血糊を振り払ったシルヴァは息を乱すことなくこともなげに笑っていた。


 互いの無事に安堵の息を漏らすのも束の間。


「……見られているな」


 シルヴァがそう呟いた。


「オロチ殿の後方、太い幹の影……振り向かないように」


 声を潜める彼女に従い待つこと少し、シルヴァは目を細めて剣の柄に手をやった。


「頭から足先までを覆う真紅の外套……間違いない。——赤頭巾レッドキャップだ」





■     ■     ■     ■





 予想以上の強さですね……ここでの暗殺はほぼ不可能。

 団長ボスはいつも無理難題ばかりだ。


 所詮、雑魚魔獣ビーストでの消耗戦などたかが知れている。

 より入念な誘い込みが必要でしょうか。


 何はともあれ、ただの異邦人ではないことは明白です。慎重に、確実に殺さなくては。

 

 



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