魔の一端
シャクロ運転手の馬車でヘリオス北門まで送ってもらった後、歩き続けることしばらく。ほどなくして見えてきた大森林は、一見ありきたりな風貌だ。
しかしここは間違いなく
まずオレたちは資料にあった死体の分布図を基に現場の視察に赴くことにした。
オレが同行させてもらう側ということもあり、シルヴァの目的を優先する方向で話がまとまったのだ。
まぁそうでなくても、わざわざ討伐対象を探す必要はないらしい。
「
と言うのはシルヴァの談だ。
そうして足を踏み入れた隠然の社は、鳥の囀りと木の葉のさざめきがなんとも耳に心地いい。
人の多い都市に疲れた者からすれば癒しにすらなるだろう。
「……キキュルッ!」
えらく鋭利な角を持った小動物さえ居なければ。
シルヴァの言った通り、ものの数分で遭遇と相成った。
兎型の
この持ち前の人間への敵愾心こそが
「さて、お手並み拝見といこうかな?」
白銀の髪を揺らしながら、シルヴァは腕組で見物の構えだ。
もとより助力を求めるつもりもなかったが、なんだか落ち着かない。
「見ていて面白いものでもないと思うぞ」
そう言っても彼女は「どうぞ」と言わんばかりに顎でくいっと
やり辛いが、仕方ないか。
そうして視線を
バキンッ!
その音が耳朶を打った。
それは、超常的な脚力による踏切の音だ。
木の幹が折れるほどの踏切を披露した
明らかに
やはりこの森は――異常だ。
■ ■ ■ ■
「————ッ」
間に合わない。
私とオロチ殿の距離は数歩分しかない。
しかし、
そして彼は、まだ抜刀すらできていない。かなりの業物であることが窺える大太刀も、鞘に収まったままでは何の効果ももたらさないだろう。
「オロチ殿ッ!」
次の瞬間、私は彼の身体が貫かれる幻覚を見た。
——パンッ。
砕ける肉体、蒼の粒子。
鈍く輝く、大太刀の煌き。
私が見たのは、神速に達した居合斬り。
角を残して消滅した
「すまない。油断した」
頬に付いた一筋の傷を触りながら、オロチ殿はこともなげにこちらを振り返る。
「……ぶ、無事で……なにより……」
反射的に剣に伸びていた右手を下ろす。
私が剣に手を伸ばし柄に手を掛けている時間で、大太刀を抜き去り、角を躱し、小さな身体を的確に切り裂く。
……なにが新人冒険者だ。笑わせる。
頬が引き攣るのを感じる。口角が上がり、息が震える。
強い。
予想や希望的観測ではない。
見つかっていなかった未知の強者に他ならない。
「オ、オロチ殿……もしや名の知れた剣士であったりしないか?」
「オレの人生で二体目の戦果だ。それにしてはなかなか強敵だがな。明らかに
冗談であった方がまだ納得できる。
彼が大太刀を抜いた瞬間、確実に目で追えていたはずだ。
彼が柄に手を掛け、一人で抜くこともままならない馬鹿げたリーチを誇る太刀を引き抜いた。
確かに彼の挙動は洗練され、無駄がなく、速度も埒外だ。
とは言っても――刀身が見えないなどあり得ない!
私が大太刀を注視していたからか、彼は私の視線を追って大太刀を見やると「ああ」と納得したように頷いた。
「この大太刀が気になるか?」
「いやっ……すまない。不躾だったな」
「そんなことはない。初見では無理もないだろう」
オロチ殿はどこか誇らしそうに大太刀の刃を返すと、その刀身は――瞬きの間に消えた。
正確には消えたのではなく、縮んでいた。
その後、見せつけるように大太刀は長さを取り戻した。
「期待させてすまない。オレの居合の速さを可能にするのはこの大太刀の性能あってのものだ。この大太刀はいわゆる
彼の言葉に、違和感の一つは消え去った。
私が刀身を目視出来なかったのも彼の説明で理解できた。
彼が申し訳なさそうな顔をしているのは、
ああ、わかった。わかったとも。
ここまでは、辛うじて理解できた。
彼は常識がないと自称していたが、この瞬間から、私の常識からも彼の存在は消え去った。
古代のオーパーツにしてロストテクノロジー。再現不可能な人類の宝。
彼が持つ伸縮自在の武器。
これは、決して珍しいものではない。
見つかる
さらに言えばその単純さゆえ、現代魔術の応用と
そしてそれらが受ける評価は――――粗大ゴミである。
これは
理由も単純。戦闘に用いることができないからだ。
戦闘中に刀身に
仲間の位置も把握しながら誤爆も避ける。
簡単だ。口で言うなら。
ここまで理想を語れば、誰もが鼻で笑うだろう。
そもそも第一段階でこの理論は一笑に付されるのだ。
身体の中の
これは人類が扱う『魔術』の工程と寸分違わず同様。複雑な工程を踏んでようやく伸縮が可能になるのだ。
どんなに優秀な魔術師であっても一秒はかかる。ヘリオス最強魔術師であってもそれは変わらない。
自分が操作した数秒後に伸びたり、数分後に縮んだりする武器を誰が使うだろうか。
しかも魔術を連発できる者は多くない。大抵一回の伸縮で根を上げるらしい。
魔術師であっても数回が限度で、
つまり、万全の行使は机上の空論に成り下がった粗大ゴミ……と言うわけだ。
そして、一人の魔工技師がこう言った。
『これを扱えんのは、身体中の
それがとどめとなり、この
「さて、シルヴァ。気を引き締めて、調査開始と行こう」
「……あ、ああ……そうしようか」
当たり前のように刃を縮ませ太刀を鞘に戻したオロチ殿。
確かに彼は、常識を知らないようだった。
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