神秘

 ぱっと手を離すと、星の神を名乗った彼女は両手を暴れさせオレから距離を取った。

 小動物が天敵に怯えるようにふるふると震えながらこちらの様子を窺っている。


「き、君ねぇ! いきなりなにするんだ!」


「……ここはどこだ?」


「無視!? フルシカトなんだけどこいつっ!」


 話で聞いてるより気安い感じだな。もっと冷静で知性を感じる人物像を思い描いていたが……。


「がるるるるぅ」


 獣の真似をする様子からはどうも神には見えない。

 そうして睨み合うこと少し。彼女は諦めたように肩を落とす。


「はぁ……もういいや。あたしにそんな態度取るヤツ初めてだよ……」


「オレもだ。友人がいないと互いに大変だな」


「マジぶっとばす」


「なるほど……会話は楽しいな」


「マジかコイツ……マジかコイツ」


 ローブの袖をぎゅっと握りながら彼女は頭を抱える。

 ……もしかして、気に障ったのだろうか。

 それはまずいな。コミュニケーションは第一印象が八割と書物で読んだことがある。

 楽しい会話相手を失うのは得策ではない。


「……すまない……気に障ったか?」


「うぅ……そんな顔しないでよ。もういいから」


「なにぶん、こういうのは初めで……わからないことだらけだ」


 不安に駆られて謝罪をすると、彼女の動きはぴたりを止まる。

 いや、謝罪ではなくその後の言葉に反応したように。


「————そっか。そうだよね」


 ゆっくりと顔を上げた彼女は、ほんの少し泣きそうに見えた。

 慈しみとも、憐れみともつかない表情。それを振り払うように顔を振った彼女は一転、オレを安心させるように微笑んだ。

 胸を張って、どんっと片手で叩く。


「あたしにまっかせなさい! 少しの時間だけど、いろいろおしえたげる!」


 自信満々な顔は、優しさに溢れていた。


「ありがとう、すふぇあ」


「ステラッ!!」


「ははっ、楽しいな」


「ぐ、ぎぎぃ…………はぁ、まったく……」


 呆れたのか諦めたのか、ステラも軽く口角を上げた。

 彼女はローブの裾を引き摺りながらオレの前に立ち、自分の両手を腰に当てた。


「ここは君の精神世界みたいな場所。神秘ステータスの拝受はみんなここで行われるの。普通は一瞬の気絶の間に終わるんだけど、あたしの子供たち六人に選ばれた才児たちはここでも意識を保てる。だから、現人神に会った人間も存在するってわけ」


「……そうなのか。オレ以外にステラに会った者はいるのか?」


「皆無だね。あたしの初めては君だよ……」


 顔を赤らめて恥ずかし気に目を伏せるステラ。


「そうか」


「軽すぎんだろ。神の初めてだぞこら」


 ……すごい。お伽噺や英雄譚で頻出する友人との隔てない会話を、オレは今実践しているのだ。

 今まで爺さん以外の人間とほとんど話したことが無かったからか、このやり取りだけで新鮮だ。


 「調子狂うなぁ……」と小さく呟いたステラは、ちょいちょいと手招きしてしゃがむようにジェスチャーをする。

 それに従ったオレの前にちょうどステラの顔がくる。

 すると、


「——ていっ」


「む」


 ステラが中指を弾いた瞬間、オレの額に微かな痛みが走った。


「さて、じゃあまずステータスの授与をしちゃおうか」


「……なんだ今のは」


「ん? にひひ、仕返し。ステラちゃんデコピン!」


 してやったり、としたり顔のステラは「はいはい、説明聞く!」とさらっと流した。

 なるほど、仕返し……か。


「で、神秘ステータスって何? なんて言わせないよ。君は知ってるはず」


「生物が生まれ持った可能性と方向性……言い換えれば才能と指針だ」


「うん、その通り。拝受って言うよりかはって感じかな。拝受ってのは昔の名残だからあんま気にしないで」


 そう言いながら差し出したステラの掌が淡く光り、オレを包む。

 彼女は数瞬の後、「うんうん!」と頷くと、一歩離れた。


「——オロチくん……か」


「……何故、名前を」


「気にしないで。もう自分で見れるよ。ただ、念じるだけ」


 ステラが促すままに目を瞑る。

 そうしてから一瞬も開かずに、情報が脳裏に流れ込む。


「ほんの少し改竄させてもらったよ。流石にそのままにしておくわけにはいかなかったからさ」



●     ●     ●



 オロチ  人族


 『天賦タレント

  【界臨・解錠スケールアップ

   十の抑止力。今はまだ抜かれることのない失望のくさび。   


 『能力アビリティ

  【刀術・D】 【歩術・E】 【魔力耐性・B】 


 『加護』

   

  ———————

 

●     ●     ●



 流れ込んだ情報から目を離すように目を開ける。


「どう?」


「確認できた」


「そ、よかった。ちなみに内容も問題ないかな?」


 名前、種族。

 まぁ、この時点で意図的な不備があるが、これはありがたい部分なので目を瞑る。


 次に天賦タレント

 これはこの世界に生まれた時点で授けられる才能。

 一人につき一つで例外は未だにないらしい。

 本人の資質であり指針であり可能性。魔術であったり戦闘術であったり、商才であったりと内容は様々らしい。

 

 能力アビリティは、その人間の努力の結晶。

 オレの場合は十七年間大太刀を振るってきた結果が【刀術・D】。間合いを詰めたり素早く移動するために爺さんから教わった技術が【歩術・E】、という風に評価されたのだろう。

 後ろの文字は熟練度を表していて、この評価は確かG~Sの七段階評価だったはずだ。オレの努力はそこそこの結果を出していたようだ。

 しかも能力アビリティ天賦タレントと違い、当人の努力いかんでいくらでも増えると言われている。

 まだまだ研鑽の余地はありそうだ。


「内容も問題ない」


「そかそか。んじゃ、次に加護を選ぼうか」


「……選ぶ?」


「そう、六人の現人神の加護だよ。本来はその人の資質によって自動的に付与されるんだけど、君は話が違う。今はまだあの子たちに君の存在が知られるのは旨くないからね」


 ステラはそう言うと、六つの紋章を宙に浮かべた。


「赤い剣の紋章は『破壊』。攻撃性の上昇と関連する能力アビリティの習得率、熟練度の上昇に補正がかかる。青い龍の紋章は『守護』。耐久性の上昇とそれに関する以下同文。黄色の獣の紋章は『天穹』、機動力を司ってる。紫の杖の紋章は『魔元』、司るのは魔術。黒の本の紋章は『錬金』、モノづくりを司ってて、白い羽は『天賦てんぷ』を司ってて、天賦タレントの性能を上げてくれる」


「……最後のは、なかなかすごいんじゃないか?」


「まあね。一番あたしに近い長男のアルヴァムくんの力だからね。でも、『天賦』の加護を持ってる人間は数えるくらいだよ。気難しくてなかなか人に授けようとしないんだ」


 なるほど。どれも魅力的に感じる……が。


「——では、『破壊』の加護を貰おう」


「言うと思った!」


 ステラはそう叫ぶと、赤い紋章を選び取る。

 それをオレに放れば紋章は溶けるようにオレの体内に消えた。

 そして次の瞬間、オレの手の甲に浮かび上がった。


「へぇ、君は手の甲なんだね」


「場所はみんな同じじゃないのか?」


「その人が一番大切に思ってるところに浮かびあがるね。……心当たりは?」


 少し考えて、すぐに思い浮かぶ。


「——爺さんがオレを拾って、初めてオレに触れた場所だ」


「なるほど。納得」


 少し前と打って変わって慈愛に満ちた顔でステラは呟いた。

 そんな雰囲気も束の間、気を取り直すように口調を明るくする。 


「さてっと! はい、終わり! さ、出てった出てった!」


「……ありがとう……でいいのか?」


「いいよいいよ! いくらでも感謝するといいさ! あと、ここであたしに会ったことは誰にも言わないように! どうせ信じてもらえないし、言ったら星聖教辺りがうるさいだろうからね!」


「……わかった。初めての友人のことを他人に話せないのは残念だが」


「友人判定緩いなぁ……」


 ステラが背を向けると、オレの周りに霧がかかっていく。

 じきにこの空間は霧に包まれ、すべてが見えなくなっていくのがわかる。


「……——君は今、灰色。完全に真っ白になることはできないけど、限りなく白に近くはなれる。でも、黒になるのは簡単だ。努々、忘れないようにね」


 声が遠のく。

 もうすぐ、姿も見えなくなるだろう。


「ステラ」


「ん? ————あいたっ!」


 ステラの茫然とした顔に、口元が緩むのを自覚する。


「——オロチデコピン。仕返しだ、受け取れ」


「……勝ち逃げはだめだよ。また来てね」


 オレの意識は霧に飲まれた。




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