星の神
受付を迂回し奥に伸びる道をアリサの後ろについて歩いていく。
豪奢な造りであることは変わらないが、先程よりも落ち着いた色合いと光の少ない薄暗いに雰囲気はがらりと変わってくる。
「ここから少し歩きます。と言っても、真っすぐですけどね」
「……星神殿、と言っていたな」
「はい。帝城の一階部の半分が星の神をまつる神殿になっていまして……これもかなり有名だと思っていたのですが、ご存じないですか?」
「すまない」
「いいえ! それでは軽い説明をしましょうか?」
「頼めるか?」
「お任せください! しかしすべてを話すには時間があまりにも足りませんので、大雑把な概要だけになりますけど」
人気がどんどんと無くなっていく廊下にオレたち二人の足音が反響する。
進行方向から微かに届く光に向かって歩きながら、アリサは意気揚々と説明を始めた。
「星神殿とは、遥か昔、
「なるほど……だから加護を受けることができる唯一の都市なのだな」
「あっ、それはご存じなんですね!」
「……ああ、読書が趣味でな。星の神についての知識もオレが持っているものと相違なかった……わざわざ説明させてしまってすまない」
「いえいえ。書物と違わない説明ができていて安心しました」
胸を撫で下ろすアリサに少しの申し訳なさを感じる。
だが、『既知と実体験は全くの別物』という爺さんの座右の銘を教え込まれたからか、知っていることでも現地の人から聞くのではまったく違って聞こえる。
星の神とはただの歴史ではなく、今もこうして大切に崇められているということがアリサの口ぶりからも窺うことができた。
ただ文字を読んでいるだけではわからなかったことが実体験となってオレの頭に入り込んでくる。
これが既知とは違う、“理解”なのだろうか。
未知の感覚に浮ついていると、前方から射していた光が強くなっていることに気が付いた。
オレとアリサ以外にも数人の人影があるが、
「っと、話してる間に到着です! ここではお静かに」
「承知した」
オレの返事ににこやかに頷いたアリサは咳ばらいを一つ。彼女が大仰に手で指す方向には、天に向かって両手を差し出している女性の像が建っていた。
その女性はローブに身を包んでおり顔を窺うことはできない。
「彼女こそ、人類の救世主。現在も世界中で信仰され続けている星聖教の神——『星の神ステラ』」
続いてアリサは、その像を囲むように並んでいる六体の像に順に手を指していく。
「それを取り囲むのは、彼女の子にして、今もなお帝城アルファルムの頂上におわす六人の
六人の現人神。歴史書で嫌というほど見た名前だ。
星の神の力を分譲され人類を導き、大帝国ソルを築き上げた人の形をした神たち。
今の皇族は、この六人が選んだ勇者の血筋であるらしい。
星の神ステラとは違い今も健在で、時折ヘリオスに降りてくることがあるらしい。
「オロチ様、こちらへ」
七体の像を見上げていたオレはアリサは微笑まし気に声を掛けられ、ステラの像の前に出来た列に促される。
オレの前に並んでいるのは二、三名で、すぐにオレの番がきそうだ。
「オロチ様もってますね! 普段は長蛇の列が並ぶことも少なくないんですよ?」
「そうなのか?」
「ええ! もしやオロチ様は選ばれた方なのかもしれませんね」
冗談っぽくそう言ったアリサは、ステラの像を囲む六体の像にそれぞれ視線を向ける。
「
興奮気味にそう語るアリサは心底この神々に心酔しているようだ。
まあ、神話で語られる神が姿を現すとなったらそうなるものなのだろうか。
「ですが、そうはいっても本当に極稀ですので、過剰な期待はしない方がいいのですけどね」
「……会ってみたいな」
「私もですっ」
オレが呟いた言葉に、大げさに頷くアリサ。
そうしている間に前の人の拝受が終わる。様子から見るに無難な結果、と言ったところだろうか。
「ではオロチ様、前へどうぞ」
「ああ」
「階段を上ると円形の台がありますのでそこにお立ちください」
「了解した」
像の前に出来た階段を上り、ステラの像の足下に歩を進める。
像の足下は水場のように揺らめいて、オレが地を踏むたびに水面のように波紋が広がる。
ステラが天に差し出す両手のちょうど真下にある円形の台に立つと——
すぅ————っと景色が白に染まった。
「やぁやぁ、いらっしゃい」
白く染まった景色に女の声が響く。声が聞こえた方向はオレの真後ろだ。
もしかして、謁見というやつか?
女ということは守護龍セーヴェ、天穹獣レルメッテ、魔元始ウルティマの誰かか?
仄かな期待を胸に振り返る。
「——君みたいなのが来るのは初めてだよ。まぁ、普通来ないよね、そりゃ」
振り返った先には——ローブで身を包んだ少女が立ってた。
「六人の誰かが来ると思った? 残念、あたしでした」
像では窺うことができなかった美しい顔を惜しげもなく晒し、白銀の髪を一つに結った少女は悪戯でも成功したように舌を出す。
「跪いてもいいよ? あたしは——星の神、名は……」
胸に手を当て、自信を覗かせる表情で彼女はふんぞり返って名乗る――のを待たずにオレは彼女の両の頬を引っ張った。
「——すふぇあっ!」
「…………ほう」
「…………」
「…………」
大層な名乗りを失敗したからか、彼女の顔がじわじわと紅潮していく。
握られた小さな拳と肩がぷるぷると震え、
「あ……あいふんおっ!? はなへっ!」
「すまない。触れるんだな」
「い、いーふぁら――はなへぇぇぇぇぇええッ!!」
星の神の情けない叫びが、白の空間に木霊した。
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