帝都中枢施設

 帝都の巨大な門を潜れば見渡す限りの人、人、人。

 石畳の道を走る馬車の音や人々の足音。子供たちのはしゃぎ声。商人たちの煽り。

 人里離れた場所で育ったオレには縁遠かったそれらすべてが鼓膜を叩く。


 身体が震える。

 胸の内から沸き上がる熱が身体中に行き渡り、オレの脚を突き動かす。

 きっとオレは今、高揚を覚えているのだろう。

 見たことのなかった景色。聞いたことのなかった音。嗅いだことのなかった匂い。

 自ずと上がってくる口角に触れ、たまらず息を吐く。


「帝都ヘリオス……爺さんが育った場所」


 オレという『個』を作り上げた親とも恩人とも言える彼が手放しで褒め称えた世界の中心。

 武者震いの正体は、知らないうちに芽生えていた彼への憧憬か。ひときわ目立つ建物を見上げながら足を進める。

 門から一直線に伸びる石道の先に、それはある。

 『帝城アルファルム』。

 大帝国ソルの象徴ともいえる皇族の城らしい。陽光を受け白亜に輝く荘厳な建造物だ。

 蒼穹に映える城に、オレは少しの間見惚れていた。

 間抜けに見上げるオレを何人もの人間が追い抜いていく。


「……行くか」


 誰にでもなく呟く。

 

『オロチ。ヘリオスに着いたらまず、帝城の足下——帝都中枢施設セントラルに行け』


 オレは目に映るすべてに視線を吸われながら、その言葉だけを頼りに帝都を縦断していった。




 帝都正門から真っすぐに歩き続けると、豪奢な建造物がオレの前に立ちはだかった。

 門からかなりの時間を要して辿り着いたその建物は、正面から見てどこまでも横に伸びており建物の端が見えない。

 ここに至る途中に頼りにした都市俯瞰図を見る限り、この建物は帝城を囲うようにできた一つの環状の建物で、オレの前にある入り口はどうやら南口。

 

帝都中枢施設セントラル……でかいな」


 その名の通り帝都の運営と管理の大半を担う施設であるらしく、帝都に居住する者にとってなくてはならない場所だと爺さんは言っていた。


 漆黒の大扉は昼のためか開かれたままになっており、来るものを拒まずどんどんと人を飲み込んでいく。オレは物珍しいことだらけの光景に目を忙しなく動かしながら帝都中枢施設セントラルに足を踏み入れた。


 室内には受付のように何人もの職員と思われる人が並んでおり、それぞれ対応をしていた。

 たくさんの人。想像以上に賑やかな室内にどうにも落ち着かない。

 踏み慣れない柔らかな赤い絨毯の感触を感じながら周りを見回していると、


「すみません……もしかしてお困りでしょうか?」


 そう声を掛けられた。

 背後からの声に振り返れば、そこにいたのは金の髪を後ろで一つにまとめた女性。

 受付の人間と同じ格好をしているのを見ると、どうやらこの人も職員と思っていいだろう。


「もしや、ヘリオスは初めてですか?」


「ああ」


「それでしたらこちらへどうぞ!」


 彼女に促されるままに椅子に座れば、女性は机を挟んで真向いに腰を下ろした。


帝都中枢施設セントラル初等区画しょとうくかくへようこそ。当施設職員のアリサと申します」


「……オロチだ」


 深く頭を下げる彼女を真似て頭を下げ、見様見真似で名乗る。

 素っ気なく映るだろうオレに対しても笑顔を絶やさないアリサと名乗った彼女は、すこし申し訳なさそうにはにかんだ。


「オロチ様、ですね。すみません、東洋の方が珍しくて声をかけてしまいました。困惑もしているようでしたし」


「いや、助かった。なんと言うか……とても無知でな」


「いえ、遠くから来られた方なら当然です! 大丈夫です、お任せください!」


 ぐっ、と胸の前で両手を握る彼女は気合に満ちた表情でそう言った。

 ……なるほど。勘違いではあるが東洋人と言っておけば多少の違和感は隠せるのか。帝都の常識やらなにやらを学ぶには都合がいいな。


「ここ帝都中枢施設セントラル初等区画は、帝都に初めて来られた方への案内や身分証の発行などなど、様々なサポートを行う場所になります。オロチ様は初めてとのことでしたので、まずは身分証の発行準備からしてしまいましょうか。それに伴って……こちらに必要事項の記載をお願いいたします」


 てきぱきと話を進めるアリサに従ってペンを受け取り、差し出された紙面に目を落とす。

 必要事項は名前、年齢、出身地。そして目的。この四つだ

 人間を測るにはいささか情報が少ないように思うが……まあオレが考えても仕方ない。


 名前はオロチ。年齢は十七。出身地は……極東きょくとうにしておくか。

 出身地を僻地にしておけば常識の齟齬を誤魔化せる。極東については歴史書などで得た知識しかないが、大陸の中心に近いこの帝都には極東について詳しい者は少ないはず。

 それほど極東とは情報の少ない場所なのだ……と、歴史書に記載があった。


 目的は選択式になっており、居住、移住、商事、労働など様々だ。

 その中でも一際目を引くのは、【探究者】。俺の目的はこれになるだろう。


 識字は問題なく行えるためそのまま記入しアリサに返す。


「これでいいか?」


「えーと……うん、問題ありません! それにしても極東ですか……あっ、申し訳ありません。こちら、恙なく受理させていただきます」


 そう言うアリサは、もう一枚の白紙の紙をオレが記入した用紙に重ね、その上に手を翳すと——


「——『転写トレース』」


 慣れた様子でそう呟いた。

 彼女の手に、突然現れた蒼の微粒子が集まると白紙だった用紙にオレの文字が浮かび上がる。

 

 『魔術まじゅつ』。

 魔術とは、魔獣ビーストが超自然的に扱う『魔法まほう』に対抗すべく人類が編み出した模倣術。遥か昔からこの世界で連綿と受け継がれてきた技術にして人類の発展の礎。大気に存在する不可視の微粒子——『魔粒子まりゅうし』に、人類が例外なくその身に宿す『魔力マナ』を放出することで起こる魔粒子と魔力の結合反応のことだ。


 魔力マナは生物であれば誰もが宿し扱うことができる。だが魔力の量は個体差がかなりあり、遺伝や才能に大きく左右されるらしい。

 彼女が見せたのはその魔術の一端だろう。


 魔法と魔術の違いは工程数や出力など様々だが、自己完結で発動できる魔法と、世界の力を借りて発動するのが魔術……というのが通説だ。

 発動速度、威力は魔獣ビーストが扱う魔法に軍配が上がるが、正確性や諸々の調節などはしやすさは魔術に傾く。

 一般的には魔法の方が優れているとは言われているが、現代魔術は魔法に近いというものもいるらしい。だからこそ人類は淘汰されることなく今を過ごしている、と。


 工程を終えたのか、満足げに頷いたアリサは片方の用紙にさらさらと何かを書き込むと、それをオレに再度渡す。


「まずはこちらをお持ちください。当施設で発行できる仮の身分証です。探究者志望とのことでしたので、こちらをオロチ様の希望のの窓口までお持ちいただければ、そのギルドから身分証が発行されます。そちらが正式な身分証になります。今持っているのはあくまで仮のものですのでご注意ください」


 ギルド……。確か、同業者たちが寄り集まった組織だったはずだ。これから冒険者になろうとしているオレにとっても重要な役割を持った場所になるだろう。


「了解した」


「身分証に関しての手続きは以上になります。——それでは」


 そう徐に立ち上がったアリサは、オレに促すように施設の奥を手で示した。

 入り口から直線上にある受付を迂回したさらに奥。来る途中で見た俯瞰図が正しければ、帝城に続くであろう方向だ。


「次に、『神秘ステータス』の拝受に移ります」


 神秘ステータス。これこそ、この帝都が探究者の聖地と呼ばれる由縁だと爺さんは言っていた。

 生まれた時に与えられた才能である天賦タレント。努力を重ね、自身の轍が形を成した能力アビリティ

 そしてなにより、大帝国ソルを創った六人の現人神あらひとがみの加護。

 これらを総称し、ステータス。


 普段は見ることのできないステータスの可視化と神の加護の付与。

 それはこの帝都ヘリオスでのみ許されている。

 故に、聖地と呼ばれることになったのだそうだ。


「ヘリオスについての説明は道中行います。まずは私に付いてきてください。帝城の一階部、星神殿せいしんでんまでお連れ致します」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る