第23話

 李対ゼスの激戦の中、俺は必死に身を丸めて守る。激しい斬撃が部屋中を切り裂き、今にも俺の手足一本くらいもっていかれそうだ。


 スキル『ファイター』を所持している李ならゼスを瞬殺するだろうと思っていたが、俺の認識が甘かった。ゼスは善戦するどころか、李に対して優勢のように見える。ゼスは中年のデブのくせにものすごく速い。正直な話、李はゼスに傷一つ付けられていない。


 本当なら俺も加勢したいところなんだけど、こんな高度な戦いに俺がついていける訳がなかろう。なら俺に唯一できることは、李の応援だろう。


「李、頑張れー!」


「もう頑張ってるんだけド?!」


「もっと頑張れー!」


「うるさいナ!」


 無駄口を叩く余裕があるみたいだから安心したけど、依然李が不利であることに変わりはない。このまま戦っていてもジリ貧だとしか思えない。


『あれれッー!もう終わりかなッー!』


 ゼスは受けに回っている李を嗤うように猛攻を仕掛ける。李も受け流そうとするものの、徐々に手先が乱れていく。その隙を見逃すかと、ゼスは瞬く間に李の防御を剥がす。


『君、大したことないねぇ!』


 完全に無防備な李に、ゼスがトドメを刺そうとしたその瞬間ー李が電光石火の動きでゼスを蹴り上げる。そして蹴り上げられたゼスの胸には、小さなナイフが突き刺さっていた。


「暗器ッ!」


「そうだぞ、常和ヨ。我がこんな奴に負ける訳ないだろうガ。」


 流石中国武闘家、やっぱり李は強かった。それにしてもだ。ゼスの胸には赤いシミが出来ている上、ゼス自体ピクリと動かない。


「死んでるのか……」


 俺は日本人だ。暴力とは無縁だったし、もちろん人が死ぬ姿なんて見た事もない。そんな俺の目の前で人が殺された。死体が目の前にある。その事実に俺は吐き気を感じていた。


「少し刺激が強かったみたいだナ。少し外の空気をーッ!」

 

 李が突然息を呑んだから何事かと彼の視界の先を見ると、そこには居てはならない人物がほくそ笑みながら立っていた。金髪パーマのお嬢様気取り、グリュネである。


「あーあー、殺しちゃった。これで殺人罪も追加だわね。」


「し、証拠を消せばいいだけの話よ!」


「残念、きちんと証拠はあるのよ。」


「ど、どういう証拠なのかしら?」


「それは秘密よー!言ったら何かされるかも知れないじゃないの?」


「ッ……」


「まあこの件についてはゆっくりと裁判所で話し合いましょう!では、ごきげんよう!」


 そう言い放つとグリュネは優雅に立ち去っていった。


 やられた。非常にまずい。非常にだ。グリュネは俺を殺すためにゼスを送り込んできた訳じゃないんだ。俺に殺人をさせようとしたんだ。俺にさらに罪を被せ、死刑を確実にするために。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。まずい、汗が止まらない。頭も回らないし。こんな時にフランシスが居れば……


「おい常和ヨ、なぜ深刻そうな顔をしていル?」


「だって、俺たち殺人犯だぞ!いっそ、出国して他の国にー」


「常和ヨ、我は殺してないゾ?」


「今更言い逃れしても遅いんだよッ!」


「いやそうではなくて、ゼス死んでないゾ?」


「は!?」


「武闘家は殺すためではなく、止める、無力化のために戦うもノ。俺は殺しはしなイ。」


「でも胸にナイフが……」


「ちゃんと内臓は避けてあル。そう焦るナ。」


「本当なのか?」


「数時間したら起きるサ。俺は失敗しないかラ。」


「じゃあ信じるよ。」


「ならまずこいつを縛っておくカ。暴れられても困るしナ。」


 俺たちはゼスを椅子にロープで括り付け、飯を食いながら起きるのを待つことにした。俺はサンドイッチを、李はどこで手に入れたのか、餃子を食っている。少し場は和んだものの、俺の心配はまだ払拭しきれていない。数時間経って起きなかったら俺たちは正真正銘の殺人犯だ。


 その後数時間程恐怖の時間が続いたものの、その恐怖は杞憂であった。ゼスは意識を取り戻し、目立った影響はないようだ。殺してなくて本当に良かった。


「じゃあ李、ゼスから色んなことを聞き出してみるか。」


「そうだナ。」


『俺は何も答えないぞ!』


「言ってろ!すぐに吐かせてやるからな!」


「じゃあ聞くガ、グリュネが過去に犯した犯罪を教えロ。」


『言う訳ないだろ!』


「おい李、刃物を貸してくれ。」


「殺すなヨ。」


『待てッ!そもそもグリュネには過去の犯罪がないんだよッ!』


「そんな訳ないだロ!」


 俺は急いでスキルでグリュネについて検索すると、ゼスの言う通り、グリュネが過去に犯した犯罪は脅迫くらいで、殺人のような大罪については全く供述がない。


「李、ゼスの言う通りだ。」


「嘘だロ!」


「これが本当らしい。」


「じゃあどうすればいいと言うんだヨ!」


「まあ殺人罪に問われることはないだけ収穫だろ。上手くいけばゼスに『グリュネに指示された』と証言させればいいしな。」


『待て待て!俺は証言などしないぞッ!』


「はぁ?!」


『だったら殺される方がマシだッ!そもそも俺を本当に殺すことは出来ないだろうしな!』


 ゼスも案外頭がキレる。俺たちはゼスを殺せない。行き過ぎた拷問も不可能だろうし、実害は与えられないということをよく理解してる。また行き止まりか……


「案ずるな、常和ヨ。」


「李、策があるのか?」


「ああ、俺のスキルの力ダ。」


『スキル!?なんだそれ?どうせ意味ないだろうけどな!』


「すまないな、常和ヨ。俺のスキル、『ファイター』の能力は戦闘能力の向上だけじゃないんダ。」


「どう言うことだ?」


「戦闘に勝利したら、敗者に一つだけ願いを聞き入れてもらえる『命令権』を得られるって言うのが本当の能力なんダ……」


「ということは?」


「俺はゼスに対して一つ命令できるということダ!」


「なんでこんなこと隠してたんだよ!」


「いきなり信用しろという方が無理だろうヨ!」


「ともかく、ゼスに命令しといてくれよ。」


 俺がスキルを使ってきた中で判明したスキルの特徴は、まず転生者にしか身につかない希少なものである。そして、スキルの効果は絶対的である。李が言う『命令権』もきっと絶対的な効果を持つと考えられる。


「ゼスヨ。グリュネの指示で俺たちを殺そうとしたことを裁判の日に証言しロ。これは命令ダ。」


『そんな命令、聞く訳ーお、ま、任せろ!』


 ゼスは何か不可抗力に襲われたように李の命令を快く受け入れてくれた。これって死ねって言ったら死ぬのかな?スキルって怖い怖い。


 どのみち、李のスキルのおかげで一筋の希望が見えたのだった。裁判の日まで、あと三日。俺たちは更なる策を必死に考えるのだった。

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