第11話

「お兄ちゃん!何でよ!私たちにはお金が一刻も早く要るのよ!」


「いや、こんな奴らなんて大した金なんて払えないだろ!」


 急に目の前で兄妹喧嘩を始められて正直言って非常に気まずいんだが。早くやめてくれないかな。


「じゃあ訊いてみようよ!あの、給料ってどれくらい出ますか?」


 急に話の矛先がこっちに向いたからちょっとばかし驚いてしまったのだが、給料か。未だに金銭感覚がはっきりしない俺に聞かれても答えにくいな。こうなったらサバを読むしかないか。


「なんとなんと、金貨2枚!」


「「金貨2枚ッー!」」


 あれ?もしかして破格な金額を言っちゃったかな?これって後ですっごい怒られるやつなんじゃないか。少し怖くなってきた。


「これって一ヶ月の金額ですか?」


「え、ええ。そうだけど……」


「お兄ちゃん!これなら絶対にー」

「ダメだ、断る。」


「何でよ!」


 まさに上京に反対する親父と上京したい娘の対話みたいだな。これじゃあ全く話が続かないからちょっと介入するべきかな。


 一度兄タクトに近づき、肩を思いっきり叩いてみる。


「痛ぇッ!なにすんだよババア!」


 ババア?自分で言うのもなんだが、絶世の美女をババア呼びとは。お仕置きが必要だな。という訳で、『恋愛相関図』発動ッ!これで少し弱みを握らせてもらおうかな。


 えっとなになに?タクト君は妹、アウフが好きと。ふむふむ。しかも家族愛ではなく恋愛対象と。ちなみにタクトは16歳でアウフは8歳と。うん、これはアウトですね。ここに犯罪者の卵がいます。


「ねぇ、タクト君、こっちに来てくれないかね?」

 できるだけ柔和な顔を作ってタクトを手招きする。


「お前ッなんで俺の名前を……」


「いいからいいから。」


 少し警戒しながらも、タクトは従順にこちらへ来てくれた。では、お仕置きの時間と行きますか。


「タクト君、耳貸して。」


「な、何だよッ」


 身構えるタクトを半ば強制的に引き寄せると、アウフに聞こえないような小さな声でタクトの耳へと囁きかける。


「おいクソガキ。この提案を受けなかったらお前がアウフに好意を抱いていることをバラすぞ?」


「えっ」


「『えっ』じゃねぇよ。分かってるんだよ、お前が妹を抱きたいって。色んな妄想をしてることだって知ってるんだよ。」


「……」


「分かった?分かったなら返事をしろ。」


「仕事、受けます……」


「大声で宣言しろ。」


「仕事、受けますッ!!」


「お兄ちゃん本当に?」


「あ、ああ、男に二言はない……」


「やったぁー!」


 妹は何も知らずに、幸せそうに騒いでいる一方で、弱みを握られたタクトは青褪めた顔をしていた。


「ま、魔女」

 とタクトは畏怖の表情を浮かべて呟いていた。お仕置き成功かな。性犯罪者が生まれる前に予防できて本当に良かった。シスコンにも程があるっていういい教訓になったと願おう。


「そうかもね、私は魔女かもね。」


「嘘だ……」


「魔女に逆らったらどうなるか分かるよね?」

「は、はい。」


 これでよし。妹は何も知らずに一生懸命働いてくれそうだし、兄も脅せばどうとでもなるし。忠誠心が強い二人の優秀な人材を確保できて幸いだ。


 まあスキルが優秀と判断しただけで、まだ優秀と確定した訳ではないのだけどね。とにかくフランシスのところに戻ってこの二人の実力を試してみないとな。


「じゃあとりあえず付いて来てくれないかな?」


 そう言ってすぐ隣のフランシスの家に二人を連れて戻ると、あからさまに緊張している。


「この人貴族なのかよ!あんな服着てたからただの平民かと思っちゃったじゃねぇか!」


「私も完全にタメ口で話してたわ……」


 この二人の兄妹はてっきり俺が平民だと思って軽率な態度をとっていたらしい。まあ、あんな見窄らしい服着てたら勘違いもするか。というか、今俺は貴族位剥奪中だから貴族じゃないんだけどな。


 昨日フラエルについて話し合ったダイニングルームへと向かうと、そこにはフランシスが二人の使用人を連れて、紅茶を飲んでいた。


「あら、エルナお姉ちゃん。随分早いじゃないの?」


「ええ、すぐ提案を飲み込んでくれたからすぐ終わったのよ。」


「へぇー、その二人の平民がそうなの?」


「ええ、その通りよ。」


「あんまり才能は感じないけど大丈夫?」


「まあ、その才能は今から分かることだから。」


 正直なところ、俺もこの兄弟の有能さには確証がない。年齢で判断するのはよくないが、この二人は流石に若すぎる。どこまで仕事ができるのか気になるところだ。


「ちなみにフランシスの後ろの人たちは?」


「ああ、この人たちはジャニスとルーカスよ。」


「行けたのか?」


「ええ。二人共快く承諾してくれたよ。」


「なら良しね。」


「じゃあ残りはその二人の兄弟だけってことわよね。」


「そうそう。この子達の実力が十分なら部下の枠は埋まったって感じかな。」


「じゃあもうやる?実力テスト?」


「そうしましょうか。じゃあアウフ、タクト、あなた達にはまずこの石鹸を宣伝してもらうわ。即興でね。」


「できるかしら?こんな子供に?」


「大丈夫です!俺とアウフならできます!」

 緊張が吹っ切れた様子でタクトが自信満々で宣言する。


「じゃあ、始めて頂戴?」


 アウフ達に自家製石鹸を手渡すと同時にタクト達は勢いよく話し始めた。


「新しい牛乳石鹸、あなたの肌をしっとりと潤す秘密の石鹸!」


「牛乳石鹸は、自然の恵みである牛乳の成分を贅沢に配合した、高品質な衛生製品です。私たちは、あなたの美しい肌を守るために、最高品質の成分と厳選された牛乳を使用しています!」


「牛乳石鹸は、豊かな泡立ちと心地よい香りで、洗顔や洗体の時間を贅沢なものにします。独自の配合技術により、肌のうるおいを逃さず、しっとりと潤いを与えることができます。毎日の使用で、乾燥や荒れた肌を改善し、なめらかで健康的な肌に導きます。」


「美しい肌は自信の源です。牛乳石鹸を使って、しっとりと潤いに満ちた健康的な肌を手に入れましょう!」


「あなたの肌に最高の贅沢を与えるために、私たちは牛乳石鹸の開発に情熱を注いでいます。」


「「牛乳石鹸ー自然の恵みであなたの肌をいたわる最高の選択。今すぐお試しください!」」


 すごい。これを全て即興かつ息ぴったりで行えるなんて、正直言って異次元としか言えない。フランシスに限っては開いた口が閉まらない様子だな。


「エルナお姉ちゃん、この子達すごいわ……」


「でしょ?私の目に狂いはないの。」


「すみません、それって?」

 アウフが可愛らしい上目遣いで俺に聞いてくる。やばい。ものすごく可愛い……何かいけないものが目覚めてしまいそうーって俺はどこかの極度のシスコンじゃない!


「正式に採用よ、これからよろしくね。」


「やったぁー!」

 

 アウフは嬉しそうにはしゃいでる一方で、タクトは地獄の日々が始まると言わんばかりの絶望した顔で天井を見上げてる。これはいじめがいがありそうだ。ババアって呼ばれた怒りはそう簡単に消えないんだよ!


 何もともあれ、フラエルの人材はどうにか揃ったのだった。

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