第8話
フランシスに案内されたのは、円卓が中心に置かれたダイニングルームだった。円卓上には無数の料理が香ばしい匂いを部屋中に充満させ、無意識に腹が鳴る。
「お腹空いてると思って、お食事しながらお話ししようか!」
「いい考えだわ。そうしましょう。」
料理の数々になりふり構わず飛びつきたい思いを必死に抑えながら、円卓を囲む。そろそろ限界かもしれない。
「お腹が空いているみたいだから、先に食べていいよ!」
俺が料理を凝視していたことに気づいたのか、フランシスが気を遣ってくれた。折角だし、その優しさに甘えるとしよう。
目の前の料理にかぶりつこうとした時、ある大きな問題に気づいてしまった。令嬢らしい食事マナーってどうするんだ?フォークとナイフしか目の前にないんだが、和食絶対主義な俺は箸しか使った事がない。変な食べ方をして機嫌を損なわれたらまずい。
というか、米ってナイフとフォークでどうやって食うんだ?ちょうど目の前に置かれたピラフもどきを見て思う。
しかも異世界の飯だぞ?日本人の口に合うとは限らないし。単純に超絶ピンチだ。
「エルナ姉ちゃん?どうしたの?ご飯嫌だった?」
熟考している俺に追い討ちをかけるようにフランシスが言う。やばい。そろそろ決断しないと怪しまれる。ええい、こうなったら適当に食うしかない!
フォークとナイフを両手で鷲掴みにして、料理を片っ端からフォークで刺して口へ運んでいく。料理は普通に美味かったので安心したけど、周りの目がなーってなんで嬉しそうなの!?
冷たい目で見られるかと思いきや、なぜかフランシスとアレクサンダー両人とも微笑ましそうに俺の食いっぷりを見ている。
「エルナお姉ちゃんはやっぱりわんぱくだねー!」
「そうですね。これほど美味しそうにご飯を食べられると、僕も腹が減ります。」
え、これで正解なの!?新事実発覚だ。エルナがわんぱくだったとは……どうにかピンチを抜け出せたみたいだ。これで安心して腹を満たせそうだ。
フランシスとアレクサンダーも料理に手をつけ始め、どうにか万事は避けられたようだ。この調子なら、今日の本題について話しても良さそうだな。
「あのね、フランシス。私が今日ここに来たのは、実は貴族位を剥奪されたからなのよ。」
「えぇー!これってグリュネのせい?」
「そうよ。しかも全財産も没収されちゃって、家すらないのよ。」
「えぇー!」
「だから、実はあるお願いがあるの……」
「うん。」
「私に『投資』をして欲しいの。」
「投資??」
そう、投資。本当なら保護だけで十分だと思っていたのだが、それじゃあ根本的な問題の解決にはならない。資金不足を先延ばしにしてるだけでは、いつか限界は来る。だったら早い段階で資金を稼ぐ手段を用意する必要がある。という訳で、フランシスと共同で会社を創って、大儲けしようという魂胆なのだ。
「投資って言われても、どういうことに投資するの?」
「私の会社よ。あなたと私で会社を建てて、それで大儲けするのよ。」
「会社って何?」
おっと、会社という概念がどうやらまだ薄いみたいだな。
「会社っていうのは、単純に言うと、すごく大きなお店のことよ。」
「ということは、大きなお店で儲けよう!ってこと?」
「そうよ。でも私には今資金がないから、あなたの力が必要なの。」
「それはいいんだけど、何を売るの?」
「石鹸よ。」
この世界に転生してきてまず思ったのは、臭いってことだ。人も臭いし、服も臭いし、全部臭い。どう考えても石鹸とかの衛生商品が出回ってないってことだ。一方でグリュネ達はいい匂いがした。つまり石鹸はあるけど、富裕層向けってことさ。なら、庶民でも買える石鹸を作れば大儲けできるだろうということだ。
「石鹸!?そんなの製造するにも大量のお金がかかるわよ!」
「でも需要はあるでしょ?」
「もちろんよ!でも結局製造費が高すぎて、石鹸売りなんて商売にならないのよ!」
「じゃあ、もしそんな石鹸を超安価で作れるって言ったら?」
「不可能よ!」
「じゃあ実演してあげるわよ。油と牛乳と、いい匂いの茶葉をちょうだい。」
実は石鹸っていうのは、超簡単に作れるんだよな。油にアルカリ性の液体を加えて、香料を加えて、待てば固まってくるんだよな。だから弱いアルカリ性の牛乳に油、香料として茶葉を使えば、多分石鹸ができるはず。
数分待つと、油と牛乳、香ばしそうな茶葉が俺の前に運ばれた。テーブルの上のコップにまず油、次に牛乳を注ぐ。最後に茶葉を満遍なく振りかけていく。これで良しと。
「エルナ、全然石鹸じゃないわよ、これ……」
フランシスがコップに注がれた液体を見て言った。
「まあ、少し待ちなさい。」
十分程度経って、再びコップの中を覗いてみると、きちんと液体が固形化し始めている。これは、成功してるみたいだな。フランシスは表面が少し固形化しつつある液体に驚いている。
「もっと待てば、ちゃんとした固い石鹸になるわよ。」
「これは、すごいわ……」
「でしょー!」
「でもこれは本当に石鹸なの?」
「その液体を臭って見なさい。」
フランシスは顔をコップに近づけ鼻をピクピクさせると、驚いた表情をする。
「なんていい匂いなの……」
「石鹸って信じた?」
「うん……」
「この3つの材料なら安いはずだし、きちんと匂いもつく。ちゃんとした高品質の石鹸よ。」
「乗った……」
「え?今なんて?」
「投資の話っ、乗ったわ!」
「本当に?」
「ええ。これなら絶対儲かるわ!」
「じゃあ会社の件も?」
「もちろん乗ったわ。資金は私に任せなさい!」
「言ったわね。」
「ええ、言ったわよ!」
「じゃあ会社の名前を決めないとね。」
「店の名前ってこと?」
「ええ。」
「じゃあ、二人の頭文字をとって、フラエルなんてどうかしら?」
フラエルか。フローラルと似た響きがしていいじゃないか。石鹸の会社として本当にピッタリだ。
「その名前、賛成よ。」
「じゃあ私とお姉ちゃんは今日から?」
「ええ、フラエルのボスよ。」
どうにか資金源も調達できたし、会社の設立も現実味を帯びてきた。俺の21世紀の技術と頭脳を使えば、石鹸も大量製造できそうだし。大儲けすれば、グリュネに貴族位を返してもらえる日も近いかもしれない。
「一緒に頑張ろうね、フランシス。」
「任せてよ、エルナお姉ちゃん!」
フラエルが大企業になる日はすぐそこに迫っていたのだった。
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