第7話

 脱獄してから数十分、俺とアレクサンダーは自室まで戻って来ていた。数十分間走り続けたからか、肩でお互い息をしている。俺の額には汗もびっしょりだし、気持ち悪い。しかもハイヒールを履いていたせいで、足は靴擦れまみれになっている。


「どうにか、逃げ切りましたね。」


「ええ、そうね。ちょっと、水を頂けないかしら?」


 アレクサンダーに頼むと、手際良く水を用意する。瞬く間に俺の前に水が入ったコップが運ばれてくる。俺は水をガブ飲みして、息を整える。残念ながら随分温い水だ。


「アレクサンダー、私が連れてかれた後何が起きたの?」


「それが……」

 アレクサンダーが申し訳なさそうに目を逸らす。


「何があったの?」


「全財産……」


「え?」


「全財産が没収されました。僕たち、もう貴族じゃ無いです……」

 なんと、俺が投獄されている間に裁判が行われていたらしい。そこでグリュネは死刑を求刑したが、認められず。最終的には全財産没収と貴族位の剥奪が判決となったらしい。


 本人が居ない裁判ってどうなのーってツッコミながらも、今の状況に絶望する。最も大切なお金が無い。相当まずい状況だ。金がなければ家賃は払えないし、食事もろくに取れない。死ねと言っているような物だ。


「ちなみにフランシスはどうだった?」


「フランシス様はご家族が釈放金を払い、早々に釈放されました。」


「え?釈放金?私も釈放できなかったの?」


「はい。エルナ様は脅迫罪でも起訴されていて、フランシス様より罪が重いんですよ。だからその分釈放金も高く、払えない額でした。まあそもそも全財産没収ですけどね。」


 あ、これって自業自得?俺が『殺してやる』とか言わない方が良かったみたいだ。まあ、自力で脱出できたからチャラかな。ともかく、フランシスも無事で良かった。


 ひと段落ついたし、寝ようとベッドに寝転がろうとするとー

「エルナ様、ここの家賃払えないので、今日から引っ越しです。」


 要するに、破産したから出てけということか。うん、いきなりすぎるだろ!今日出て行っても行く宛はあるのか?不安要素が多すぎる……


「行く宛はあるのかしら?」


「残念ながら、ありませんね。」


 正直言って住居退去はいやだけど、俺は脱獄犯だ。一旦身をくらませるのが案外いいのかもしれない。誰かに匿ってもらって、ほとぼりが冷めたらまた色々行動すればいいのかもしれないな。


 となると問題は誰に匿ってもらうかだな。正直な事を言うと、宛なんか一人しか居ないんだが、快く受け入れてくれるかな?心配だけど、まあトライするしかないな。


「じゃあ、フランシスの所しか無いわね。」


「僕もそう思って居ました。」


「では、早速出かけましょう。」


 外へ出た時、日は沈み始め、空は紅色に染まりかけていた。感覚的には6時半くらいかな。フランシスが受け入れてくれなかったら野宿になりそうなのが怖い。野宿なんて一度もしたことないからな。


 高野に誘われたキャンプに一度くらい付き合ってたらなーと前世の事を後悔しながら、アレクサンダーの後ろを歩く。フランシスがどこに住んでいるかなんて知らないから、案内は完全にアレクサンダー頼りだ。


 ついさっき気づいたんだが、アレクサンダーの腰にはいつも長剣が差してあるんだよな。もしかしたらアレクサンダーって武もいけるタイプなのかな?よく考えればアレクサンダーは一人で俺を脱獄させようとしていたんだし、それだけ自信があるってことなのか?


 俺も前世がアレクサンダーみたいだったら高野も落とせたーじゃなくて。いつまで過去を引きずってんだよ、俺。高野を諦めきれない自分の気持ちに苦笑してしまう。


 数分くらい歩き続けると、商店街のような場所に通りかかった。市場が沢山並び、人々が賑やかに騒ぐ商店街。なんかアメ横みたいな風景だな。そんな騒がしい商店街の一隅で、一層賑わっている場所がある。どうしたのだろうか?


「ねぇ、アレクサンダー?なんであそこの人たちはあれ程騒いでいるの?」


「あそこは確か掲示板ですが……何かあったのでしょうか?見てみましょうか。」

 アレクサンダーの提案に従い、騒ぐ人溜まりへと近づいていく。一体どんな大事件があったのだろうか。


「まじかよ!ジュウマンエンって女を捕まえれば100金貨だってよ!」

「100金貨!?どんな大悪党なんだ!」

「大金持ちになれるぞ!」


 どうやらジュウマンエンという女性が指名手配されていて、情報提供か捕まえれば100金貨が報酬として支払われるそうだな。特徴は黒髪で整った顔立ち、汚れたドレスを着ている、か。こいつを捕まえたら金不足も解決するかもしれないなー。


 というか、ジュウマンエン?なんか聞き覚えが……って、ジュウマンエンって俺じゃん!ってことは俺が指名手配されてるってことだよね。


 不味い。ここを抜け出さないとここにいる全員に追い回される。アレクサンダーの腕を掴み、小走りで逃げ出す。アレクサンダーはなぜかおっとりとした顔でこちらを見つめてくる。どんだけ俺のこと好きなんだよ!


「アレクサンダー、今すぐここを去りましょう!」


「あっへーじゃなくて、はい!」

 

 少し困惑しつつも、アレクサンダーは素直に俺の指示に従ってくれた。周りの注意を惹かないようにそろりそろりと立ち去る。どうやらバレずに逃げられそうだ。


 靴擦れで痛む足を引きずりながら、必死に足を動かす。一刻も早くフランシスの所まで行かないと、また監禁されてしまう。もうあんな体験は嫌だ。


 しかし、足の痛みで動きも鈍くなっている以上、長くはもう走れないだろう。しょうがない、アレクサンダーにおぶってもらうとしよう。


「アレクサンダー、私の足はもう限界だわ。おんぶしてちょうだい。」


「わかりました!任せてください!」

 元気良くアレクサンダーは返事すると、俺を軽々と持ち上げる。そして足と腰を両手で抱え、お姫様抱っこをする。ーって、お姫様抱っこ!?


「痛くないですか、エルナ様?」


「え、ええ。大丈夫……よ」


「なら良かったです!」


 アレクサンダーは美しい笑顔を作り、街道を進む。彼の横顔は紛いも無いイケメンのものだった。最初はお姫さま抱っこされるのが嫌だったけど、今はありかもと思ってしまっている自分がいる。イケメンなら男でもいいんじゃないかと。


 でもダメだ!俺が好きなのは高野みたいな人なんだ。俺は決してゲイではない。必死に自分に言い聞かせていると、アレクサンダーの足が止まった。


「着きましたよ、エルナ様。」


 目の前には、ものすごく立派な館、というか城が広がっていた。大勢の兵士が城を取り囲み、明らかに貴族の家だと分かる。自分の館と比べると、どれだけ金がないんだと悲しくなるな。


「す、すごいわね!」


「ええ、僕たちの家とは全く別次元ですよね。」


 館の扉の前まで進み、呼び鈴の代わりっぽい鐘を鳴らしてみる。


「ウッー」


 思ったより大きな音が出て、咄嗟に驚いてしまった。まあ外に鐘がある以上、大きな音じゃないと家の中には聞こえないわな。


 鐘を鳴らして1分程待つと、ドアがゆっくりと音を立てながら開く。


「待っていたわよ!エルナお姉ちゃん!」


 見慣れた根暗な少女、フランシスがドアから顔を覗かせ、俺を元気良く出迎えてくれた。ていうか、お姉ちゃん?もしかしてこいつ、俺の妹?


「じゃあ、色々話したいだろうし、中入ろう!」


 フランシスの誘いを素直に受け入れ、俺たちは館の中へと進んだ。

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